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「あーちょっと待って休憩」
「なんだよ、俺が米を持ってるんだから、お前が疲れることないだろ」
「すぐ疲れちゃうんだからしょうがないでしょ。それに私が休憩って言ったら休憩なの」
「飯を作るばっかで食わねぇから」
「うるさい」
小箱はふてくされたようにガードレールに腰をかけた。小箱はその痩せた体型のせいか疲れやすかった。歩く時も俺の肩に手をかけて寄りかかるように歩いたり、こうやってどこかに寄りかかって休んだりした。
「うちのばぁちゃんもそうだった。もう死んじゃったけどさ、一緒に出かけるとこうやって立ち止まってさ。まだ子供だったからさ、早く家に帰りてぇとか思ってたんだけど、でもそこで見た夕焼けだったり、季節の匂いだったり何を話したか覚えてないんだけど、ばぁちゃんの笑顔とか、声が音になって思い出すんだよ」
「…素敵じゃない」
「小箱には言ってなかったけど、俺、母親が子供の頃に出て行ったんだ。あ、同情するなよ。ばあちゃんと親父とそれはそれでとーっても楽しい生活をしてたんだから。…でも母親代わりのばぁちゃんが死んだらどうしようって子供心によく思ってた。確実に他の親よりもうちのばぁちゃんは早く死ぬだろ。いつまで生きられるんだろうとか、きっと他の子供より現実的に感じてたんだと思う。それにお袋がいなくなった時に、自分の目の前から人がいなくなる事がどういう事かも分かってたし」
気づいたら夜空には分厚い雲が浮かんでいて、もうすぐ降り出しそうだった。
雨の気配がする。
小箱にこんな話をするのは他の女のように気を引きたい為ではなかった。
「どんなに愛してくれても、結局はいなくなるんだ。嫌われるより失くす方が、怖い」
まるで独り言のような言葉を吐き出した途端に胸が苦しくなった。いつもどこか欠けているような臆病な気持ちはそこにあった。どうせいなくなるならと信用もせず、性的欲求をぶちまけることで誤摩化し続けてきた。
「大切なものを失くしてしまった人は、もうこれ以上酷い目に合わないように生きようとするのよ」
小箱の言葉に、我慢していた雲が雨粒を地面に落とした。
今思えば、小箱がその言葉をどんな気持ちで言ったのか俺には分からない。
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