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「おはよーございまーす。あれ?灰垣さんお弁当?」
楽屋で手作り弁当を食べるのは目立つのか、同じ共演者である、女優の西内が楽屋に入ってくると、まじまじと俺の弁当を覗き込んだ。
「あれ、このお弁当を見たことがある。私、お料理するのが好きなんですけど、そのレシピに…あ、あったこれ」
「え…?」
西内が鞄から取り出した本に言葉を失った。その表紙には小箱が笑顔でキッチンに立つ写真が飾られていた。うっすら化粧をしているせいか、昔の写真なのか、普段見る小箱より血色が良く、やせ細ってもいなかった。どうやら料理研究家というのは嘘ではなかったらしい。
「灰垣さんも知ってるんですか?でも可哀想ですよね、病気なんて」
「病気?」
「スキルス性の胃がんだったかな。余命も長くないって。都内の病院で療養してるって噂ですけど。この本も前に出たもので、今は何をしてるか…」
「どういうこと」
「私も詳しくは知らないんですよ」
西内はパラパラと本をめくり再び「可哀想ですよね」と呟いた。
昨日も小箱はキッチンに立って俺の話を冗談まじりに聞いていた。病気なんてそんなはずはない。釈然としないまま俺は西内から乱暴に本を取った。明らかに紙面の上で微笑んでいる女は小箱に違いない。
『家にキッチンがないのよ』
小箱の声が頭の空白の中で鳴っている。入院しているならキッチンがなくて当たり前だ。そんなことを冷静に考えながらも、足元が冷たく掬われるような気分に陥った。
「その弁当を作ったの、その女か?」
村本がそう聞きながら、小箱の作った卵焼きを乱暴に口の中に放り込んだ。
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