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タクシーから降りると九月の雨が肩を濡らした。
足早に深夜のひっそりとした公園を横切ろうとすると、木の根元にいた黒い影が鋭く光り立ち止まった。
猫。
片目の潰れた野良猫が、雨に濡れた残飯に貪りながら、じっとこちらを見ている。酷く汚れた毛並みは逆立っていて、食べているのに口からボロボロと残飯をこぼしていた。
「おいで」
しゃがみ込んで手を差しのべたが、猫は警戒するように身体を硬く縮めた。酷く痩せ細っていて、開いた片目は酷くただれ、口の周りは唾液についた土が黒々としていた。小刻みにガタガタと震えているのに、眼光は鋭く俺を見据えたまま土なのか食べ物なのか、雨で分からなくなっている物体を口に運ぶ。
小箱は二週間も家に来なかった。西内から聞いた話を直接確かめたかったが、それを避けるかのように小箱は姿を現さなかった。今まで何週間も自宅に来なかった日もあったが、あの話を聞いてから、もしかしたら小箱は倒れてしまったのではないかと不安になった。
小箱を待つ間、俺は書店で小箱の本を買い漁り、ネットで情報を集めた。我ながらネチネチしたやり方だと思ったが、いつ来るか分からない小箱を何もせずには待てなかった。
小箱の名前は検索でヒットし、画面上には数々のレシピ本が並んだ。そのレシピは健康の為に食べるというものではなく、生きるために食べるということを一貫していて、老若男女問わず人気だった。小箱の病気は公表されていたものの、それ以後の情報は何もなかった。
大丈夫。
今まで小箱が作ってくれた料理のページの端を折り曲げながら、部屋で一人、何度も繰り返し呟いた。そうでもしないと現実を直視するのが怖かったし、何かの間違いだと信じていた。
猫は食事を終えたのかよろよろと歩き出し、茂みの中へと消えていった。雨脚はだんだんと強くなり、泥を含んだ水滴が足元に跳ね上がる。
「何してるの?」
振り返ると透明なビニール傘を差した真っ白な小箱が、首を傾げて立っていた。
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