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「あのぉ私ぃよく明るいって言われるんですけどぉ、そんなことぜんぜんないですよぅ。こう見えてぇ一人でいるのか好きっていうかぁ。あ、でもすぐ寂しくなっちゃうんですよねぇ。一人好きの寂しがりやって言うかなぁ、ほら人は一人じゃ生きられないじゃないですかぁ。あ、灰垣さん聞いてます?」
「ん?聞いてる、聞いてるよ」
自宅の部屋のドアを開けたタイミングで別の女から電話がかかってきた。肩と右耳で携帯電話を挟みながら着替え、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一気に喉に流し込んだ。
「でもぉ、灰垣さんもお母さんがいなくなっちゃった時寂しかったでしょ?六歳の時でしたっけ?超かわいそぅ…。私ならそういう灰垣さんの気持ち分かってあげられるしと思うんですよォ…」
声のトーンを下げつつ、女は明らかに盛りのついた声色で言った。女は人の不幸が好きだ。母性本能というものだろうか、お手軽な言葉で癒し、不幸を共有し弱者を守って優位に立つ。実際、そんな自分の「不幸」を利用して女が抱けることも事実だけど。
女の話す通り母親がいなくなったのは六歳の時。父や俺を置いていった女。その境遇で「かわいそう」なんて言われてしまうが、もう何十年前のことだ。母親に対して恨みをもっているわけでもなく、余計な詮索をされたくもない。「母親がいない子供は」とカテゴライズされるのは自分でもごめんだった。故郷に残した親父は気になってもいるが、二人とも今では自由に楽しくやっている。
「寂しいよ」
「え?」
「すごく、寂しい」
そんな嘘に似た言葉を吐いて天井を見上げた。一昨年に引っ越しをした1LDKの高級デザイナーズマンションに未だにしっくりせず、真っ白な天井が自分に落ちてくるような感覚に捕われた。
「いつ、会えますか?」耳元で舌足らずな女が囁く。
簡単な言葉に俺のバックボーンは役に立つ。この女もまた捨てる時に「まじで死ねよ」と吐き捨てるんだろうか。
「まじで死ねってひでぇよなぁ」
「急にどうしたんですか?」
「あ、いやなんでもない。…明日にでも会おうよ」
永遠の愛というものを手にしてみたいと思うが、手に入らないものを手に入れたいと願う気持ちはいつのまにかに消え失せていた。
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