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「あんた、名前なんて言うの?」
「…灰垣。灰垣陸。っていうか、あんたこそ何者?なんであんな時間に公園で泥団子作ってたんだよ」
「こばこ」
「え?」
「小さい箱って書いて小箱。私の名前よ。夜中に泥団子作って変な女だと思ってるでしょ。でも家にキッチンがないのよ。料理は好きなんだけど、台所がなければ出来ないでしょ。だから仕方なく、泥で」
「泥って、食えねぇじゃん。それに今時、キッチンがないって共同アパートかなんか?」
「まぁそんなとこ。ほら灰垣も手を洗って手伝って」
呼び捨てかよ。そう思いながらも何故か従ってしまう。どうも昔っから気の強い女に弱く相手のペースにのせられてしまうところがある。そんな無駄な反省をしながら、手を洗いちらっと小箱を横目で見た。化粧気のない顔とは正反対に肩まで伸びた黒髪は艶を放っていて、毛先の一本一本まで丁寧に手入れをしているようだった。
真横から見ると痩せた身体はさらに薄く、白く長い腕の間接部分は内出血した跡が点々と散らばっていた。
「ねぇ手、広げて。…そのままぎゅっと握って」」
小箱は棒状に整えられたものを、手で小さくちぎると俺の掌にのせたので、そのまま手を握る様に閉じた。
「それを両手で丸めたら、最後に、真ん中を指で軽く抑えて楕円形にするの」
小箱の掌にあった団子を包む様にくるくると回したので、俺も真似をする。柔らかい感触が手に伝わってきて、だんだんと単純な作業が楽しくなってくる。丸めた団子を言われた通りに真ん中を抑え楕円形にすると、小箱は嬉しそうに俺の顔を覗き込んだ。
「上手いじゃないっ」
こんな簡単なこと誰にでも出来る。そう思ったが小箱の笑顔につられて、俺も笑ってしまった。小箱は俺の手に次々と乗せ、夢中でクルクルと団子を作る。
ふと脳裏に祖母の顔が浮かんだ。
母親の変わりに俺は祖母に育てられ、その祖母も俺が十八の時に他界し、もういない。たまに「手伝え」と言われ一緒に台所に立ったこともあった。もう記憶も薄れてきてしまっているが、こうやって団子を作ったこともあった気がする。
「楽しいな」
ふいに出た俺の言葉に、小箱は「そうでしょ」と言うと俺の手に形の整えられていない団子を乗せた。
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