第1章

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 ぼくを想っての行動ではなく、それはただただヒトを迫害する存在なのだろうから。  だから先ほどの暴行も、きっと気まぐれ。  もう二度と会うこともなく、母親もおらず父親が死んでいるかもしれないあの場所に戻り、絶望と悲嘆に暮れながら毎日を過ごして――  右手が差し出された。 「来ないの?」  その意味が、ぼくには理解出来なかった。 「……どういう」 「すべてを変えたいんでしょ? ゆいにボッコボコにされても、親切を仇で返されても、それでも変化を望むくらい、必死に願ってるんでしょー? それこそ差し出された手が天使であるとか――魔女のだとか、構えないくらいに?」  ニヤリ、と含みのある笑みが作られる。  しかし今度のぼくはそれを見ても、悪寒や恐怖は感じなかった。  ぼくは一度だけ、視界を後ろに向けて今まで辿った道を顧みてみた。  そのなにも、ぼくをこの世界に留めておく楔とはならなかった。  ただそう、もうぼくは捨てるものがないのだと再確認させられるだけだった。  悲しくはなかった。ただ一抹の寂しさだけが湧き上がった。  ぼくは無言で、その手を取った。 「後悔しない?」 「……すると、思うよ」 「ならなんでゆいの手を取ったの?」 「どうせ、今まで後悔してきたんだ。だったら事のついでにもう一つくらい新しい後悔をしてみようかなって、ね」 「浅はかだねー」 「そう思うよ……ただ、あと一つ」 「ん?」 「運命を……信じてみようって、思ったんだ」 「……へぇ、ろまんちすと?」  女の子の言葉に、ぼくは照れ笑いを浮かべる。 「いや、逆……今までずっと、家計簿と、数字と……現実と睨めっこして、生きてきてさ。うまくいかなかったから……そういうのも、いいかなって」 「それで魔女の手を取るんだー、お兄ちゃん超おもしろいねー!」  きゃっきゃ笑う。それにぼくも、照れ笑みを作ってしまう。  どうしても一緒にいる人が喜んでくれると、ぼくもまた嬉しくなってしまう。  底無しのお人よし。  自分でわかっているからこそまた、救いようもない。 「ハハ……」 「でもいーんじゃない?」 「……なにがだい?」 「そーゆーのも」  やり取りは、それだけ。  ほとんど説明らしい説明もなく、ぼくは巨大なカラスの背に乗せられ、そして空へと羽ばたいていった。
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