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(我はこの匂いを、良く知っている)
琴の黒い隊服に、わずかな血の染みがあった。
樹々を撫でる光風が流れて、琴が纏う血臭をうすめた。
掌に羽毛の重さを感じて、琴は眼を開いた。
その羽毛の重さは、夢幻の記憶だと思っていたからだ。
子供が、そこにいた。
小さな手が、琴の隊服をつかんでいた。
神職のような白衣で、浅黄色の袴をはいていた。
琴は驚いていた。子供の気配が”視えなかった”からだ。
「我に用か?」
琴は子供に訊いた。
子供は答えなかった。
歳は六つか七つであろうか。男の子である。
無垢な幼顔が、恐怖に曇っていた。腰をつかんだ手が、細かく震えている。
「むっ」
琴は声をあげた。
白衣の袖に、血の跡が残っていたからだ。
琴の隊服にある染みと同じ葡萄色の染みだ。
見ればそれは、子供の血ではなかった。誰かの血を浴びたのだ。
ふと眉根を寄せて、琴は子供から視線を移した。
深い森の奥から、血痕と同じ濃い影が疾走って来たからだ。
踏む葉の音もわずかに、黒い影が近づいてくる。
「どちらにしても敵か」
琴はつぶやいた。
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