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第一章「赤い雨」 壱ノ戰
赤い雨が、女には似合っていた。
篠突く雨が、赤く霞む。雨気まで赤い。
朦朧と烟る景色のなか、女が一人佇んでいた。
巨(おお)きな樹の下で、降りしきる赤い雨を見上げていた。
「この雨は、神の血が流れたものか」
誰にともなく、女は言った。
凛とした声だった。赤い雨降らす天に、女は言ったのだ。だが雲厚く、その天は見えない。
女が雨宿りしていたのは、巨きな白骨樹であった。
大地を突き破った硬骨のごとき樹塊だった。白い樹肌が赤雨を浴びて、人肌のような色を差していた。
深い緑の森だった。深山幽谷。寂寞とした森の樹が、深い緑の呼気を吐いていた。その樹の息が、おぼろに赤く染まっていく。
若く美しい女だった。
たとえるなら、山百合の花のような美しさである。気高く凛として、咲く花のようにあざやかであった。
赤い雨のなかで、白い美貌が際立っていた。口元のホクロが蠱惑的である。濡れたほつれ毛が、ぞっとするほど艶めかしい。
長身で凛々しい佇まいは、男と見紛う立ち姿であった。
黒い隊服を着ていた。帯刀をしている。刀の柄糸が濡れぬように、それを袖と掌で覆っていた。
女の名は中沢 琴(なかざわ こと) ──
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