第1章

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いつも母さんが言っていた言葉がある。 それは父さんが母さんを見捨てた要因でもあるが、幼少期の俺の心を掴んで放さない。 「ザード・ザックス・クリムゾン」 母さんはグラビューツの植物に水をやりながら、厳しい声で俺の名前を呼んだ。グラビューツは週一に水をやらないと枯れるが一旦咲くとその美しさに心奪われるものがある。それはダークエルフの目からも名状しがたきと形容して違和感は無かった。 俺は遊んでいた人間界では〝サッカーボール〟という物を今は亡き父の面影を追って、軽く転がしていた。友達のレイチャーは俺より〝サッカーボール〟の扱いが上手かったんで、嫉ましくボールを弄る趣味を俺は持ち合わせていた。 「絶対、森の外に出てはいけません」 母さんはもう1000回は口にした言葉を俺に投げかける。厳しい顔の向こうに心配気な雰囲気が漂って、流石に俺は父さんのように呆れ果て、からかうだけでは済まなかった。 「分かってるよ、母さん」 俺は本当は分かっていなかった。 それでも母さんの不安を静めるためには必要な言葉だった。 人間界というものがあるのは知っている。だが、この森、〈ヴァライルの森〉を抜けた先にある人間界ではダークエルフは神話的存在で悪魔に取り憑かれた天使として人間達は学んでいるらしい。 大人達はこぞってダークエルフの子供の心に人間の恐ろしさを植え付けていた。
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