月の庭にて

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   中天にかかった丸い月が、煌々(こうこう)と青白い光を投げ掛けている。  迷路のような広大な庭園。風はわずかに空気を乱すだけで、辺りは薔薇のかぐわしい香りで満ちていた。 「アリス。お茶の準備が出来たわ」  どこからか若い女の声が響き、(こた)えるように薔薇の茂みががさりと揺れる。  月光に青く濡れ光る真っ白な薔薇を両手に抱え、ひとりの少女が現れた。 「今日はとっても月が綺麗ね。マリア。薔薇がこんなに甘く薫っているわ」  いつの間にか用意されたテーブルに、少女が薔薇を生けると、馥郁(ふくいく)たる香りが弾ける。  椅子に腰掛けた少女の前に女がカップを置く。夜気に芳醇な紅茶の湯気が混じった。 「うさぎさんは、こんな素敵な夜も飛び回っているのね」 「探求者は変わらず、聖杯を求めているわ。(せわ)しないこと」  二人は庭の彼方をよぎる影を眺め、くつくつと笑いあう。お皿のクッキーを摘み、少女は首を傾げる。 「叡智(えいち)の記憶は、ここにあるのに」  さくっと軽やかな音を立てて、少女はそれをかじった。  
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