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マミーの瞳がゆっくりとティーチャーを追う。
チハルはその瞳の色に、なにか気持ちのゆらめきを見た。
その視線を穏やかに受け止め、ティーチャーが言った。
「あの、もしよかったら……また一緒にコーヒーでも」
チハルは驚きのあまり、思わずティーチャーを見、次にマミーへと視線を移してしまう。
マミー本人は明るい笑顔で「喜んで」と応じた。何も、少しも気にしていないように、あっさりと。
普段の彼から考えて驚きの発言をかましたティーチャーは、少しはにかんだように笑って、階段を上っていった。
彼の姿が消えてしばらく、お互いになにも言わなかった。
チハルは食器洗いを終え、自分のためにミルクを温め始めた。
「ねえ、チハル」
「ん?」
マミーがカプチーノの消えかけた泡を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「どうして彼は……私なんかに話してくれたのかしら」
表情に出さなかっただけで、やはり彼女も驚いていたのだろう。静かな声音が、今になってわずかな動揺を含んでいた。
彼の前では見せなかったのは、きっと彼女の心遣いだ。
「……あんたの優しさが、彼と同じだからだよ、きっと」
思いついて口にすると、しかし彼女は首を振った。ぐっと唇を噛んだのがわかった。
「私は優しくなんかない。すべて失ったあとの……後付けでしかないのよ」
「関係ないさ。ティーチャーはあんたを望んだ。この街はそれだけで奇跡さ。誰も名前を――――本心を口にしない街なんだから」
そう断言すると、マミーの表情はいくらか和らいだ。
チハルはカップの中身を新しいカプチーノにし、ことり、とカウンターに置いた。
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