0人が本棚に入れています
本棚に追加
「ガール」
ティーチャーではない声を認識した瞬間、彼女はびくっとして喚くのをやめた。
しゃくり上げながらも、涙に濡れた瞳が焦点を結んでいく。
チハルはそれを見て取り、再び呼びかけた。
「ガール。オレが、わかるか?」
彼女の瞳が、チハルを捉える。か細い声が喉を震わせてこぼれ落ちる。
「チ……ハル……」
「そうだ。落ち着いたか?」
ガールは脱力してへたり込んでしまった。
チハルは彼女の前に膝をつき、大丈夫と判断したところでティーチャーに目配せをした。
そして散らかり放題の部屋から食器の発掘を始めた。
ちらりと振り返ると、ティーチャーがガールの体を抱き寄せて、諭すように囁いているところだった。
「君は僕の大切な女の子だよ。何度も言っただろう?」
「本当に……?」
「もちろん――――愛しているよ、ガール」
なんとか二人分の食器を集め、チハルは二〇一号室を後にした。
これからガールの心が完全に凪ぐまで、ティーチャーは彼女に愛の言葉を囁き続けなければならない。いつも通りだ。彼女がヒステリーを起こすたびに、ずっとそうしてきた。
そうやってティーチャーは嘘を嘘で塗り固めていくのだ。
ガールはそれを知っていても、認めたら自分が崩れてしまうと分かっているから、その嘘にすがって生きていく。
捻じ曲がった愛と、歪んだ優しさが渦巻いて泥沼のようだ。
チハルは吐き気がして、それを振り払おうと深くため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!