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スタスタと向かう先は、やはりその公園。
と思ったが、水原主任は公園の中に入ってもその歩みを止めず、さらに奥へと歩き続けた。
公園の先にあるのは…深い茂みに覆われた雑木林。
「ちょ…ちょっと水原主任!?」
私は戸惑いながら、水原主任の後を追うしかなかった。
ガサガサと茂みをかき分けながら雑木林の奥へ奥へと進んでいく。
少しでも遅れたら前を行く主任の姿も見失いそうな深い茂みだ。
ふいに、茂みが途切れた。
「ほら、ここだよ」
茂みの先で、水原主任が待っていた。
その先に拡がっていたのは…広大な秋桜畑だった。
少し高台になっているその場所から見下ろす秋桜畑は、さながら薄桃色の海だった。
風に揺れる秋桜が可憐な美しさを競うように美しく咲き誇る。
「綺麗だろう?ここは俺の生まれ育った町でね、辛いことや嫌なことがあった時はよくここに来てたんだ。この季節は秋桜が綺麗だったなって思い出したんだ。君に見てもらおうと思ってね。どう?」
「綺麗です…」
私は一面に咲く秋桜を眺めながら応えた。
気がつくと、目から涙が溢れていた。
でも、この涙は朝、トイレで流した涙とは違う。
「いろいろ大変だと思うけどさ。また一緒に仕事できたらいいよね」
水原主任は優しい笑顔で私を見た。
その日、結局、私は会社を休んだ。
水原主任も有休をとっていた。トイレ前でのスマホ操作は主任の上司と船堀主任への連絡だったらしい。
その後、私は会社を辞めず、相変わらずの失敗を繰り返している。
水原主任とは、あまり仕事上の接点はなかったけど、廊下で会うたびにお互いに笑顔で挨拶するようになった。
できたら、もっと親密になりたいけど、なかなかそんなチャンスもないし、私にはまだ自分から何かをするような勇気もない。
でも、いつか…もう一度見てみたい。
水原主任と一緒に、あの美しい秋桜を。
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