episode 1 悪夢の始まり

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何かを言おうとしていた神住の気配が無くなり、ふたりの間に沈黙が流れる。 蛍は全てを拾い終えると、神住の目を見る事なく会釈した。 そして背を向ける。その時、神住が呼び止めた。 思わず振り返って、後悔する。 「玉置、お前さ、そんな事ばっかりしてないで、女子力でも磨けよ。お前の外見、小三から変わってないぞ」 そう言って、前髪から真ん中に覗く蛍のおでこを、神住がピンっと指先で弾いた。 昔、デコッパチと言われて泣いていた記憶が蘇り、怖くなって慌てて身を翻して神住の手から離れた。 「わ、私はこれでいいんです」 「ふーん。ま、俺には関係ないけど。せいぜい想像の中で男を愛でてれば?」 皮肉な笑みを浮かべた神住に、言い返す事も出来ない。 キラキラとした世界の住人に、底辺で鬱蒼とした世界で生きる人間が、何を言い返す事が出来るんだろう。 何もない。 「じゃーな。いい加減女でも磨けよ」 神住のすらりと伸びた背中が蛍に向けられる。 やっと解放されると思ってホッとしたのも束の間、神住は顔だけ振り返って、ニヤリと笑った。 「あっ、これは俺が預かっとく。お前、これから俺の犬な」 「え!?」 見ると、神住の手に一冊の同人誌があった。 いつの間に、と考えた所でもう遅い。 それよりも、あれは夏に控えているイベント用に、渾身の力を注いだ力作だった。 「そっ、それはご勘弁を!それだけは……!!」 「やだね。こんな面白いおもちゃ、俺が見過ごすと思った?」 「お願いです!返して下さい………!!」 半泣きになりながら神住に詰め寄るが、神住はヒラヒラと同人誌を振ると、蛍を押し退けた。 「俺に逆らったら、いつでもコレを掲示板に貼り出してやるから、覚悟しとけよ。じゃーな」 そう言って、神住は颯爽と去っていった。 一人残された蛍は、呆然とその場で立ち尽くすしかなかった。 ◇ ◇ ◇ 「聞いて下さいー!悪魔が……!悪魔がー!」 「どうした蛍殿」 屋上で待っていたオタ友、相楽 凛子に、蛍はついさっき起こった悪夢を話した。 「なんと!その良作を盗まれたとな!?」 凛子は仔猫のように大きくつり目がちな目を、より一層つり上げて叫んだ。
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