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何かを言おうとしていた神住の気配が無くなり、ふたりの間に沈黙が流れる。
蛍は全てを拾い終えると、神住の目を見る事なく会釈した。
そして背を向ける。その時、神住が呼び止めた。
思わず振り返って、後悔する。
「玉置、お前さ、そんな事ばっかりしてないで、女子力でも磨けよ。お前の外見、小三から変わってないぞ」
そう言って、前髪から真ん中に覗く蛍のおでこを、神住がピンっと指先で弾いた。
昔、デコッパチと言われて泣いていた記憶が蘇り、怖くなって慌てて身を翻して神住の手から離れた。
「わ、私はこれでいいんです」
「ふーん。ま、俺には関係ないけど。せいぜい想像の中で男を愛でてれば?」
皮肉な笑みを浮かべた神住に、言い返す事も出来ない。
キラキラとした世界の住人に、底辺で鬱蒼とした世界で生きる人間が、何を言い返す事が出来るんだろう。
何もない。
「じゃーな。いい加減女でも磨けよ」
神住のすらりと伸びた背中が蛍に向けられる。
やっと解放されると思ってホッとしたのも束の間、神住は顔だけ振り返って、ニヤリと笑った。
「あっ、これは俺が預かっとく。お前、これから俺の犬な」
「え!?」
見ると、神住の手に一冊の同人誌があった。
いつの間に、と考えた所でもう遅い。
それよりも、あれは夏に控えているイベント用に、渾身の力を注いだ力作だった。
「そっ、それはご勘弁を!それだけは……!!」
「やだね。こんな面白いおもちゃ、俺が見過ごすと思った?」
「お願いです!返して下さい………!!」
半泣きになりながら神住に詰め寄るが、神住はヒラヒラと同人誌を振ると、蛍を押し退けた。
「俺に逆らったら、いつでもコレを掲示板に貼り出してやるから、覚悟しとけよ。じゃーな」
そう言って、神住は颯爽と去っていった。
一人残された蛍は、呆然とその場で立ち尽くすしかなかった。
◇ ◇ ◇
「聞いて下さいー!悪魔が……!悪魔がー!」
「どうした蛍殿」
屋上で待っていたオタ友、相楽 凛子に、蛍はついさっき起こった悪夢を話した。
「なんと!その良作を盗まれたとな!?」
凛子は仔猫のように大きくつり目がちな目を、より一層つり上げて叫んだ。
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