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「メイはどうですか?」
他と比べてここの規模だけは自慢できるという山本牧場の広い広い放牧地。
そこを元気一杯に駆ける一頭の小さな芦毛の牝馬を、牧柵に寄りかかって眺めていた元JRAジョッキー柴名大知に、
秋華はその背後からそう声をかけた。
急に背後から訪ねられた柴名ではあるが、それには特に驚く様子もなく振り向いてくる。
「どう、というのは………
純粋に馬の成長として、ということでしょうか?それとも、競走馬としてということでしょうか?」
そう言って彼女の方を向いた柴名は、苦い笑顔を見せていた。少々問いがアバウトに過ぎますよ………と、そう言いたげな顔と言動であった。
が、秋華は特に気にしない。
「どっちもです。」
そう言って屈託なく微笑んで見せる。こうすれば、人のいい柴名は何にでも答えてくれることを彼女は知っていた。
実質的にそれは、その人のよさにに漬け込むような真似にはなるが……もうそれも許されていいくらいに、長い付き合いにはあるし、それだけぶんの信頼関係も築けていると思う。
それが証拠に、というのもまた何かおかしな感じはするが………
「参ったな………ずいぶん貪欲ですね……
まぁ、牧場主代理にそう言われては仕方ありません。両方ともお答えします。」
……そう、柴名は答えてくれるのだ。
案の定、と言うとちょっとばかり厚意に対しておざなりな感じもするが、まぁそんなところである。彼女は「ありがとうございます」と言って、柴名に並ぶように牧柵に寄りかかる。
ーーー二月も序盤を既に過ぎて、山本牧場には束の間、平和なときが流れていた。
というのも、3月にもなれば生産牧場は『出産ラッシュ』を迎え、一年で最も忙しい期間に突入する。
この時期、基本どこの牧場でも従業員たちは、いつ始まるかわからない、しかも自分から陣痛を訴える事ができない母馬たちのお産に神経をすり減らし、
寝れない、休めない、気が抜けないの三重苦を強いられる事になる。
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