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女の悲鳴のような音を響かせて、風が吹いた。
田渕は黙って結衣を見下ろす。
パイプ椅子に小さく縮こまる結衣は、所在なさげに視線を反らした。
ザアザアとノイズをたてる雨が、沈黙の中で一際大きく聞こえる。
田渕が口を開きかけたとき、準備室の内線が呼び出し音を立てた。
「はい、生物準備室、田渕です」
憤りを圧し殺し、いつも通りに応対する。
受話器の向こう側で年配の女性教諭が、自分が職員室に残る最後であることと、今から校舎を出るからくれぐれも施錠漏れがないように、と告げた。
「解りました、お疲れさまでした。先生もお気をつけて。
僕ももうすぐ帰ります」
通り一辺倒な挨拶をして、受話器を受けに戻す。
振り返ると、伏せていた顔を上げ、結衣が不安を滲ませた目で田渕を見ていた。
「先生、帰るの?」
「そりゃいつかは。校内全員帰宅指示が出てるんだから」
「今すぐ?」
次のバスまで40分近くある。
今、田渕に帰られたら居場所がない。
先生、怒ってた。
そりゃそうだ、時間が経つに連れ台風が近づいて危険が増すと解っているのに、私が黙って居座ったから……
あんなに不機嫌なんだもの、送ってくれるはずもない。
「先生、ごめんなさい。
次はちゃんとするから、次のバスまでここにいさせて」
結衣は立ち上がって精一杯頭を下げた。
ここで外に出ろと言われるのは辛い。
雨風を凌ぐためには懇願するしかないのだ。
「お願いします」
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