青と赤に魅せられて

10/21
前へ
/23ページ
次へ
  女の悲鳴のような音を響かせて、風が吹いた。 田渕は黙って結衣を見下ろす。 パイプ椅子に小さく縮こまる結衣は、所在なさげに視線を反らした。 ザアザアとノイズをたてる雨が、沈黙の中で一際大きく聞こえる。 田渕が口を開きかけたとき、準備室の内線が呼び出し音を立てた。 「はい、生物準備室、田渕です」 憤りを圧し殺し、いつも通りに応対する。 受話器の向こう側で年配の女性教諭が、自分が職員室に残る最後であることと、今から校舎を出るからくれぐれも施錠漏れがないように、と告げた。 「解りました、お疲れさまでした。先生もお気をつけて。 僕ももうすぐ帰ります」 通り一辺倒な挨拶をして、受話器を受けに戻す。 振り返ると、伏せていた顔を上げ、結衣が不安を滲ませた目で田渕を見ていた。 「先生、帰るの?」 「そりゃいつかは。校内全員帰宅指示が出てるんだから」 「今すぐ?」 次のバスまで40分近くある。 今、田渕に帰られたら居場所がない。 先生、怒ってた。 そりゃそうだ、時間が経つに連れ台風が近づいて危険が増すと解っているのに、私が黙って居座ったから…… あんなに不機嫌なんだもの、送ってくれるはずもない。 「先生、ごめんなさい。 次はちゃんとするから、次のバスまでここにいさせて」 結衣は立ち上がって精一杯頭を下げた。 ここで外に出ろと言われるのは辛い。 雨風を凌ぐためには懇願するしかないのだ。 「お願いします」
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加