青と赤に魅せられて

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  田渕は結衣を見ていた。 必死で頭を下げる姿、泣き出しそうな声。 その様子に、結衣が時間を知りつつも黙っていたのだと悟った。 何のことはない、恋に憧れる年代だ。 おおよそ、もうちょっとだけ、くらいの小さな望みを繋いだのだろう。 雨音が五月蝿い。 脳内に靄がかかる。 既にこの校舎にいるのは、田渕と結衣の二人。 その事実が、雨音と共にぐるぐると巡り始める。 風が吹く。 校舎がまた軋む。 田渕の中の何かが壊れ始める。 再び学校に訪れる者はいない。 しかも、この暴風雨だ、多少の音など掻き消してくれるだろう。 破滅に向けて転がり落ちる感覚が田渕を襲う。 ダメだ。 よく考えろ。 すべてが終わるんだぞ、 キャリアも、安穏な人生もすべて。 ごくりと田渕は生唾を飲み込んだ。 自分を慕う女子生徒。 その不安げな瞳のなんとか弱そうなことか。 田渕は賭けに出た。 これで自分が思うことと全く違う答えが返ってきたなら、踏み留まれる。 「……神田、なぜ言わなかった?」 答えなどとうに予測済みにも関わらず、田渕は結衣に問う。 結衣は先ほどの怒りに満ちた田渕に、せめて赦しを請おうと、正直に口を割った。 「バスを逃したら、先生が送ってくれたりしないかなって思って……」 言いにくそうに身を捩る。 仄かに色づいた頬の滑らかさも、健康的な肢体も、ちらりとこちらを見る視線も、もはや田渕の理性を引き剥がす材料にしかならない。 コンナ チャンスハ ニドト ナイゾ? 田渕の中に宿る悪魔が囁いた。 ……神田、お前が、悪いんだぞ 田渕を支配したのは決して犯してはならない禁忌への甘い誘いだった。
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