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結衣は気を大きくしていた。
もうすぐ先生の車に乗れる。
先生にとって特別な意味合いはなくとも、私にとっては特別。
先生のプライベートの空間に入れてもらえるのだから。
結衣を浮き上がらせる「特別」という感覚が、大胆な質問を口走らせた。
「先生、恋人いるの?」
強い風が徐々にその間隔を狭めている。
悲鳴が駆け抜けた後、激しく泣く雨の音が狭い準備室を満たす。
田渕はレポートの文字を追いながら、淡々と答えた。
「いないよ。
お前らのレポートにまみれて遊んでいる暇がないしな」
淡々と……を演じたにすぎない。
田渕はほくそ笑んだ。
今まで女子高生に興味を持ったことはないし、ましてや自分の教え子に手を出そうなど爪の先ほども考えが及ばなかった。
にも関わらず、田渕は自分一人が楽しんでいる勝負に興奮していた。
さながら今の自分は、全ての足を広げ、大きな網を張る蜘蛛のようなもの。
踏み込んでこなければ危害を与えることもないのに、警戒心の薄い少女は自ら歩を進めてくる。
「そうなんだ……」
答えた結衣は胸のうちで小さく拳を握った。
今はまだ相手にされないだろう。
だが、このまま、少しずつアプローチを続けていれば、田渕が振り返ってくれるかもしれない。
決まった相手がいないのなら、可能性がないわけではないと、希望の火を灯す。
複数の紙が擦れる音がして、トントンと机に打ち付けられた。
田渕が採点を終えたのだ。
眼鏡を僅かに持ち上げて、目と目の間を押さえる様子を見て、結衣は胸を高鳴らせた。
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