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掃除に手間取ったため、20分くらい経っただろうか。
田渕はやや足音を忍ばせながら生物準備室に向かった。
ドアノブを握る手が僅かに震えた。
緊張の一瞬だ。
キィ……
そろりとドアを開ける。
室内の端に並ぶ棚が見え始める。
それから長机の隅。
そして……。
後ろ手にドアを閉めながら、田渕は上がった口角を下ろすことが出来なかった。
「神田」
声をおとして少女の名を呼ぶ。
結衣は長机に伏せ、微かに肩を上下させている。
「神田」
やや声を大きく。
それでも結衣は動きを見せない。
田渕は声高々に笑ってしまいたい衝動をどうにか抑えた。
……賭けに、勝ってしまった。
腹に長い腕を巻き付け、上体を折り曲げて、沸き上がる興奮と笑いを必死で殺す。
結衣が訪れる度に出していたコーヒーに細工をすることなど、造作もないことだった。
自分だけが飲むのは気の毒だから、ついでに出していたコーヒー。
誓って言える、こんなことをするために施していたのではない。
そんな思いは微塵もなかった。
結衣とていつも出されるコーヒーに細工がしてあったなどと、微塵も思わなかっただろう。
「餌付け」
結果的にそうなってしまったことに、田渕は笑いを噛み殺しながら感謝した。
俺が戻るまで意識を保っていれば、無事に送り届けたものを
自分勝手な賭け。
いつも眠る前に飲む睡眠導入剤を、こんな風に使う日が来るとは。
それでも、罪悪感を感じることもなく、田渕はシンクに向かった。
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