青と赤に魅せられて

18/21
前へ
/23ページ
次へ
  コーヒーカップを洗う。 田渕は極度の潔癖性だった。 結衣にカップを一度も洗わせなかったのも、自分が洗う以外の食器が信用できないからだ。 何度も何度もカップをすすぐ。 水音にも結衣が目を覚ます気配はない。 鼻唄さえ歌いそうになるのをこらえ、田渕は念入りにカップを拭いて棚に戻した。 田渕にはもう、引き返すという概念はなかった。 雨と、風と、二人きりの校舎と、眠る結衣と、蓋を押し上げて頭を出してきた抑えきれぬ願望。 揃ってしまったのだ、田渕の箍を外す、十分な条件が。 田渕は結衣の鞄を漁った。 少しの教科書と携帯端末、化粧道具と大きな鏡がすぐに目に入るが、目的はそれではない。 今日日の女子高生なら大概持っている、制汗シートを探す。 案の定、結衣も石鹸の香りのするシートを持っていた。 椅子に腰かけたままの結衣の膝裏に手を伸ばし、首を支えて横抱きにすると、田渕は長机にそれを横たえた。 ストレートの髪が長机に広がる。 呼吸と共に上下する、控えめな隆起。 短めのスカートからすらりと伸びた足。 ひととき眺め、田渕は周囲にビニール袋を敷き始めた。 神殿に生け贄として供えられたような、神々しささえ放つ少女の姿を、頭の方向から、右側から、足元から、左側から、一周ぐるりと見つめる。 ゆっくりと結衣に近寄ると、またその額に唇を押し当てた。 さっきの口づけを、結衣は喜んでくれただろうか。 細やかな行為だ。 賭けに負けようが、あの程度のことなら容易に誤魔化して処理する自信はあった。 それよりも、賭けに勝ったときに、結衣の心に細やかな幸せが残るようにしてやりたかった。 少なからず、田渕にとって結衣は「特別」なのだから。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加