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コーヒーカップを洗う。
田渕は極度の潔癖性だった。
結衣にカップを一度も洗わせなかったのも、自分が洗う以外の食器が信用できないからだ。
何度も何度もカップをすすぐ。
水音にも結衣が目を覚ます気配はない。
鼻唄さえ歌いそうになるのをこらえ、田渕は念入りにカップを拭いて棚に戻した。
田渕にはもう、引き返すという概念はなかった。
雨と、風と、二人きりの校舎と、眠る結衣と、蓋を押し上げて頭を出してきた抑えきれぬ願望。
揃ってしまったのだ、田渕の箍を外す、十分な条件が。
田渕は結衣の鞄を漁った。
少しの教科書と携帯端末、化粧道具と大きな鏡がすぐに目に入るが、目的はそれではない。
今日日の女子高生なら大概持っている、制汗シートを探す。
案の定、結衣も石鹸の香りのするシートを持っていた。
椅子に腰かけたままの結衣の膝裏に手を伸ばし、首を支えて横抱きにすると、田渕は長机にそれを横たえた。
ストレートの髪が長机に広がる。
呼吸と共に上下する、控えめな隆起。
短めのスカートからすらりと伸びた足。
ひととき眺め、田渕は周囲にビニール袋を敷き始めた。
神殿に生け贄として供えられたような、神々しささえ放つ少女の姿を、頭の方向から、右側から、足元から、左側から、一周ぐるりと見つめる。
ゆっくりと結衣に近寄ると、またその額に唇を押し当てた。
さっきの口づけを、結衣は喜んでくれただろうか。
細やかな行為だ。
賭けに負けようが、あの程度のことなら容易に誤魔化して処理する自信はあった。
それよりも、賭けに勝ったときに、結衣の心に細やかな幸せが残るようにしてやりたかった。
少なからず、田渕にとって結衣は「特別」なのだから。
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