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「ほら、これは神秘なんだよ」
感嘆の息と共に漏れる、色っぽく切なげな声。
棚に並べられた模型を見て呟く男は、恍惚の表情を浮かべていた。
「先生、好きだね、それ」
「好きだね、ずっと眺めていられるよ」
放課後の生物準備室。
部屋の主、生物学教諭の田渕は、縁の茶色い眼鏡をくっと持ち上げた。
冷たい印象。
だが、結衣より一回り年上の男が醸し出す雰囲気や、すらっとした体躯、少し癖がある横に流された髪と、眼鏡をかけた横顔の凛々しさに、大人の男に憧れを抱く結衣は釘付けだった。
授業中は滅多に拝めない薄い笑みも、男が持つ独特の雰囲気にマッチしていて、自分だけが知る秘密のように結衣には思えた。
田渕が準備室にこもる時間を狙って、放課後入り口で待ち構えるのが結衣の日課だ。
最初のうちはにべもなく追い返された。
諦めが悪いのか、若さゆえの瞬発力か。
結衣は、へこたれず次の日も次の日も待ち構えた。
根負けした田渕が、ようやく準備室に結衣を入れてから、ふた月が経つ。
「私にはいまいち解らない。むしろ怖い」
「そう。感じるものの違いだね」
うっとりとした表情はその刹那、冷静ないつものそれに変わった。
同時に結衣の顔に緊張が走る。
田渕の自然な表情を変えてしまったのは自分だ。
しかし、後悔してももう遅い。
気を抜いていた態度から「教師」に戻った田渕は、視線を棚から窓に移した。
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