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「速やかに下校しろと通達が出ているはずだが?」
まさかこんな状況で結衣が準備室に訪れることはないだろうと油断していた田渕は、ノックの音に躊躇なくドアを開けたことを後悔した。
「帰りますよ。
でも、一本遅いバスにしようと思って。
みんなバス停に集まってるから、乗れないかもしれないし」
拒否される不安をひた隠して、結衣はにっこりと笑顔を作った。
バス停など見ていない。
今日日、高校生はほぼ何かしらの携帯端末を持っている。
必要とあらば、容易に親に連絡をつけることは出来た。
結衣が持つ音楽プレーヤーでさえもlineが出来る。
田渕とてそんな世の情勢くらい知っていたが、皆がみな、迎えがある訳ではないことも知っている。
おまけに外はひどい暴風雨だ。
……バスを待つ間くらい、ここに留めてやってもいいか
他の生徒ならすぐに追い返しただろう。
数ヶ月、自分を慕ってくる純粋な女子生徒に、少し気を許したのもある。
「次のバスはいつ?」
「11時56分」
ギリギリ午前中。
この悪天候だ、目と鼻の先のバス停に行くにも、10分前にはここを出るだろう。
教師陣も安全面を考慮して、残務を済ませたら退勤が決まっている。
いざとなれば職員室に連絡して、自分が責任をもって施錠すると言えばなんとかなるだろう。
台風の最接近までには、まだ時間もある。
大きなため息を一つつき、田渕は室内へ結衣を促した。
長机に鞄を置き、パイプ椅子を引き出す結衣を眺めてから、田渕は壁時計に目をやった。
「職員室に行ってくる。
ここで待ってていいけど、機材に触らないように。
あと、出入りはするな」
言い残して田渕は準備室を出た。
閉まるドアの向こう側、嬉しそうに田渕を見る結衣の顔が僅かに見えた。
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