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採点に集中していた田渕がふと顔を上げたとき、時計の針は既にバスの予定時刻を10分も回っていた。
「神田!!」
勢いよく立ち上がった田渕に驚いた結衣が、パイプ椅子を鳴らした。
この悪天候だから、バスの遅延も十分考えられる。
今ならまだ間に合うかもしれない。
田渕は窓際に駆け寄って、バス停を見た。
そこにはもう人の姿はなく、わずか先に緑色のラインが入ったバスの形が確認できた。
「15分前になったら声をかけろと言っただろう」
田渕は苛立ちを隠せず、結衣を叱責した。
自分もアラームをかけていれば良かった。
集中したら回りが見えなくなる自分の性格を、もっと考慮するべきだった。
自分への苛立ちももちろんある。
だがそれ以上に、無防備過ぎる女子生徒への非難が田渕を占めた。
なぜ解らない?
一介の教師と狭い部屋の中にこそこそと隠れていることが、どんなに危険なことかと。
年齢に開きがあるとはいえ、俺とお前は異性なんだぞ。
「疚しいことはない」と、どんなに言おうとも、認められないんだぞ。
「何のための一斉下校だと思ってる?
台風が近づいてるんだぞ?危機感が無さすぎる」
普段聞かれない怒声に、結衣は身を竦ませ、上目遣いに田渕の顔を見た。
「……ごめんなさい」
結衣には過失があった。
時計が15分前を指したことは知っていた。
田渕の邪魔はするまいと、イヤホンをつけて動画を見たり、ゲームをしたりしていたから、手元の端末でも確認することはできた。
ただ、結衣の心に巣食ったのは
もう少しなら大丈夫だろう
もう少しだけ同じ空間にいたい
バスを逃せば、先生が送ってくれたりしないかな
という小さな打算だった。
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