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「――また、"あの場所"ですか」
「話が早くて助かる。どちらかでいい、目が覚めたら連絡してくれないか」
低い男の声がして、少女は咄嗟に身を隠し柱の影からその様子を窺った。医者と、刑事だろうか。会話の内容からして、自分と父のことを言っているのだろうと察した。
くたびれた風の刑事が、執拗に自分の話を聞きたがっていることも。
事故が起きた瞬間の記憶が波のように蘇ってきたけれど、うまく説明する自信はないし――父が傍にいない今、あのまるで生気のない目をした刑事と話をすることを少女の身体が全身で拒否をした。
じり……と一歩ずつ後退し、物音ひとつたてないようにと距離を取る。
少女の脳内には、ただ強い思いが駆け巡っていた。
「……行かなくちゃ」と。
あの場所で。逢わなくちゃ――と。
思い立ったまま駆け出し、すぐに裸足だという事に気付いた。
だが、引き返していては誰に見つかるか判らない。何より、早く行かなくては――という思いが強くて抗えない。
――誰に逢うつもりなのか、そして逢ってどうするのか――何ひとつ判らないのに。
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