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――生きてたんだな。
確かに、"もや"はそう言った。けれど、返す言葉が無かったのは、少女がその場で倒れた為。
再び目を覚ました時、少女は病院のベッドの上だった。夢だったのか、とはっきりしない頭で思ったものの看護師にひどく叱られた為、現実なのだと察した。
事故の爪痕も、謎の"もや"も――意識不明の父も。すべて、現実。
「父は変わらず、ですか」
「残念ながら……でも、数値は安定してきてるし、危険は脱しましたよ」
「そう……ですか」
視線を彷徨わせた少女に看護師は息を吐き、突然「あ」と小さく叫んだ。
何事かと視線で問いかける少女の前に、彼女は二足の靴を差し出してきた。
「これ、どっちも貴方の?」と問いかけながら。
「え……?」
それは、お気に入りのワンピースとともに買って貰った白い靴。
ストラップ部分にレースをあしらいどんな靴よりも可愛らしいそれは特別な日だけに履くと決めていた。父と出掛けるのが嬉しくて、つい雨の中ひっぱり出してしまったが泥や血で汚れてしまった姿を見るとひどく後悔した。
だが、もうひとつ差し出された靴は、見覚えがない。
学校指定の運動靴に酷似したそれは薄汚れていて、明らかに少女の足には大き過ぎるし、はっきり言って少女が好むものではない。
ぶるぶるとかぶりを振って知らないと示せば、看護師は怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
「さっき抜け出した時、履いて帰ってたよね?」
「えっ」
首を振る速度は増し、ぶんぶんと音がしそうな程激しくかぶりを振って「知らない」と改めて伝えれば看護師はいっそう深く首を傾げて立ち上がった。
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