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耳に届くは、遠慮がちな雨音。指一本動かさないまま少女は目の前に広がる現状をぼんやりと見つめていた。
降りやまない雨が、少しずつ少女の体温を奪っていく。ぶるり、と小さな身体が震えた。
のろりと立ちあがろうとして脚がもつれ、ばちゃりと水溜りに顔から転げてしまう。 すでに全身ずぶ濡れになっているとはいえ、中途半端に舗装された泥塗れの地面に突っ伏す形で転んでしまっては無事であるわけがない。
生温かいものがべちゃりと頬に張り付き、その不快さに少女は顔をしかめた。
父がよく褒めてくれる亜麻色の髪もずぶ濡れになってじっとりと頬や首に張り付いてくる。
すっかり冷え切った手を地につけ、 ぐっと力を篭めて身体を起こす。水を吸って重くなった服が、ひどく邪魔に感じた。
いつも固い表情の父が頬を緩め、唯一「可愛い」と褒めてくれるお気に入りのひらひらレースの真っ白なドレス。大好きなそれが、今はとても邪魔くさく憎たらしい。
「――ひっ」
もたつきながら立ちあがり、自身の身体を見下ろして少女は声なき叫びをあげた。
お人形のように可愛くて、お姫様のように清楚で、たっぷりのレースがあしらわれたお気に入りの純白のワンピースは――真っ赤に染まってしまっている。
おそるおそる手を伸ばし、触れてみればまだ新しいそれはぬるりと滑り、少女の指をも赤く染めた。
頭の中で、わんわんと響く警笛。振り向いては駄目――と。何度も、何度も声がする。
唸る警笛に逆らってゆっくりと振り向き、少女はダークブルーの瞳を大きく見開いた。
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