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瞬間。
「ワン!!」
数頭の犬が、少女らを目掛けて駆けてきた。野犬と飼い犬が混じっているようで首輪をしたもの、毛並み艶がいいもの、はたまた薄汚れてやせ細ったものまで居る。
見た事もない犬の群れに少女は目を見開き、すっかり冷たくなってしまった父に覆いかぶさるように身体を丸めた。
は、は……と浅く速い呼吸は、父のものなのか自分のものなのか。それとも、自身を取り囲む犬たちのものか。
ここは今父の血の匂いが充満しているだろう。 獲物の存在に興奮し、襲いかかってくるのも時間の問題ではなかろうか。値踏みをするようにじりじりと距離を詰めてくる犬の群れ。
死にたくない。死んでほしくない。生きたい。生きていて欲しい――ひとりに、しないで。
生温かい息吹が少女の耳を撫で、その小さな身体は恐怖に震えた。
意識のない父に助けを求めようと縋ってはみても、やはり青白い頬のまま何の反応も返ってはこない。
大きな声で叫びたいのに、喉がひくついて息をすることさえも苦しい。
獣達の低い唸り声ばかりがこだまする中、陽だまりのようにあたたかくて優しい声を少女の耳は捉えた。
その声に答えるべく、ぐしゃぐしゃに塗れた顔を上げた。
「っ、ひ、ひ、ゃ……!!」
少女を取り囲む無数の犬達はグルル……と唸り声をあげ、牙を剥いている。
だが、少女の視界いっぱいに映るのはそれらではない。
白い"もや"が眼前に佇み、中央にある濁った目玉のようなものがじっと少女を見ていた。
ぐぐ……と目玉の下が歪み、弧を描くようにそれは動いた。
笑ったのか、と悟った瞬間、けたたましいサイレンが辺りに響き渡った。
「ほら、助けが来たぞ。よかったな」
くぐもった声が聞こえ、少女はそのまま父の身体に重なるように気を失った。
雨は、未だ止む事を知らずに降り続けている。
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