5人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのお嬢ちゃん、父親以外に家族はおらんらしくてな。目撃者もいないし話を聞ける人間が全くおらんのですよ。だからね、頼みますよ先生」
「……目が覚めて、話ができる状態だったら連絡します。無い時は、大人しく現場検証なり何なりしていてください」
「へいへい、よろしく頼みますわ」
呆れたように溜息混じりに告げた医者の言葉に漸く納得したのか、刑事はひらひらと手を振り背を向けた。
「刑事さん、喫煙は病院外でお願いしますね」
「……へいへい」
耳にかけてあった煙草を咥えたのを見逃さず、医者はびしりと言い放った。
渋々それを手に持ったのを確認し、医者はひとつ息を吐いて白髪混じりの髪をくしゃりと乱した。
少女と父親が乗った車が事故を起こしたその場所は、ここ半年で5回ほど同じような事故が繰り返されていた。
未だ死人が出ていないことが幸いとされているが、いずれも命の危険がある状態に陥っている。その中でも、少女の父親が最も重傷を負っている。
今でこそ容態も安定してきたところだが、病院に運ばれる間に1度心臓が止まってしまったし、まだまだ安心はできない状態だ。
死人が出てからでは遅い、と警察が躍起になるのも仕方があるまい。
だが、あんな状態の少女に、何が語れるというのか。
警察の功績を最優先しようとしている刑事に嫌気がさし、医者はもう一度大きな溜息を吐いた。
その疲れきった瞳が捉えたのは、空のベッド。泣きつかれた少女が眠っていたそれはひやりと冷え切り、彼女が随分前に起き上がったいたことを示していた。
最初のコメントを投稿しよう!