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「あのときのことを思い出すな」
「あのとき?」
「私が、弘樹のこと頼りがいのあるひとだなぁって思ったときのこと」
「すまん、心当たりが多すぎて分かんねぇ」
「もうっ」
星歌がふざけて俺にデコピンをくらわせる。痛い。心が痛い。ごめん、星歌。心当たりが全然ないんだ。記憶にとどまってくれない。作られた関係の俺たちは、本当は何もまじわることなく、平行線のまま進んできたっていうのに。
「ほら、覚えてない? サークルの飲み会でさ、私そんなにお酒強くないのに先輩に呑めって言われて断れなくて、死ぬような思いでガンガン呑んでたときあったじゃない? そのときさ、弘樹は物怖じしないでやめろって言ってくれたよね。私、すごく嬉しかった」
「そんなこと、あったかな?」
「ええ!? ひどい! 私はあれがきっかけで弘樹のこと意識しだしたってのに」
「ごめんごめん。ちゃんと覚えてるって」
嘘だ。ヘラヘラとした笑みが隠したのは照れじゃなくて罪悪感だった。
彼女は知らないことが多すぎる。そして俺は情けない。彼女を手放したくないばっかりに、嘘を積み重ねては自分の首を絞める。
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