空井星歌取扱説明書

4/19
前へ
/19ページ
次へ
 やっべ。不正解だったぜ。 「ちょお、待てよ」  俺は慌てて星歌の背を追う。コツコツという音に合わせて、彼女のつやつやとした黒い髪がふわふわと上下に揺れている。  近づくと、キノコみたいな髪のてっぺんに、赤い葉っぱが乗っているのに気づいた。  星歌は今日ヒールを履いているから、彼女の頭が俺の目線のすぐ下にある。葉先に向かう5本の線と、それらを連結させる網目状の葉脈までもが、くっきりと俺の視界に映っている。 「もみじ、乗ってんぞ」  そう言って取ってやっても、星歌は返事もしない。はぁ、とため息をついて星歌に並び、そのまま無言で彼女と連れ立って歩く。隣に立つと、かぎ慣れた彼女の匂いがした。 「美容院、昨日行ったんか?」  返事はない。覗き見防止用に植えられた木々で見えないけど、車道の反対側には幼稚園か保育園があるらしく、幼い子供たちの騒ぐ声が聞こえている。  車道を走る自動車の、タイヤと路面が擦れる音と相まって、会話はなくとも周囲は騒音で満ちていた。だけど音にはならない、空気の沈黙が俺と星歌の気まずさを浮き彫りにする。  息苦しさに耐えていると、俺が偶然にも車道側を歩いていたことに、突然気づいた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加