第1章

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 ぱりり、とパイ皮の砕ける音がしたと同時にふんわり甘く、滑らかなカスタードの風味が口の中に広がった。  ああ、この味だ。  彼の口元から思わず笑みが漏れた。  十二年前と少しも変わっていない。「アズレージョ」と呼ばれるタイルで装飾された店の外観も手直しして小ぎれいになっているが、やはり当時のままだった。  店頭で菓子とエスプレッソを味わいながら辺りの様子を観察する。  十一月半ばのオフシーズンの午後とあって、リスボン随一の観光スポットであるベレン地区にも殆ど人はおらず店の前の通りも閑散としているのに、ここにだけ人が集まって店頭のカウンターに並んでいる。皆、彼と同じくナタを求めてやってきたのだ。
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