第1章

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「十二年前リスボンにいた時に、この道を通った記憶があるんですよ。少し下って右へ曲がって少し歩くと小さな広場があって…そこにパステラリアがあったはずだ。腹が減ってそこでナタを買った気がする」 「よくご存知ですね。その通りですよ。今でもその場所にはパステラリアがあります。ただ、多分あなたが行かれた頃とはオーナーが変わっていると思いますが」  ホアキンの情報にああ、と片岡は頷いた。 「だろうな。あんまり美味くなかった。やっぱりベレンの方がいい、なんて連れに文句を言いましたよ。だから今日も待ち合わせをこの店にした」  賢明ですね、とホアキンは笑った。 「この店のナタは誰もが別格扱いですからね。しかしあなたが行ったアルファマの方も、オーナーが変わってからはナタや他の菓子も美味いと人気店になってるんですよ。私は店に入ったことはないんですがね」  店も改装されて、この界隈にしてはあか抜けたカフェの様相になったという。 「そりゃあいい。この物件に心が傾く大きな要素になりそうだ」 「片岡さんは本当にナタが好きなんですねえ。ポルトガル人の私としては嬉しいですが」 「ポルトガルと聞いて真っ先に思い出すのは黄色い菓子ばっかりでね…特にこのナタは…俺にとってのポルトガルそのものかもしれない」
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