第1章

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 彼の父親は暴力が大好きで、母親は息子をおいて逃げてしまい、彼が一五歳になるまで暴力は頻繁に行われた。  終わったのは、彼が殺したときからだ。  彼が唯一大事にしていた特撮ヒーローの人形を壊されたから――彼にとって、それは生き甲斐だった。  暴力をふるう父親が昔、パチンコの景品で一度だけ与えてくれたプレゼント。  そんなものを、幼い頃から彼は至極大事にしていた。  ヒーローはいるのだと、錯覚することができた。大事にしていた。  だが、くれた本人がそれを壊した。  彼は父親を刺して逃亡。  その後、県を渡り歩いて、兄ぃに拾われる。  兄ぃも社会のはぐれ者だ。兄ぃの父親はイラク人らしいが、幼い頃から日本人の母親の手で育てられた。顔立ちは彫りの深い外国人のようだが、育ちは根っからの日本。だが周りは何故か、彼に『外人』と名付けて笑いものにするか。『外人』と名付けた者をこっぴどく痛みつけて過保護にするかの二択を取る。  友達になる、という選択肢はなかった。  ――と、一時期はやたら荒れていたが、しかし不良の世界に入ると拳のみが許される場所で、顔立ち、生まれ関係なく、彼は居場所のようなものを見つける。  そこで彼は、仲間が生まれ、大人になってもヤクザな世界を選ぶが――ヤクザの世界は残念ながら昔のような任侠は消えてしまい、あるのは薄汚い――この社会のような世界。  社会と相容れないから入ったのに、兄ぃは絶望するが、彼はそこで立ち止まらず、持ち前の人の良さで仲間を集める。  そして、独立。  大きな組の下請けのようなものだったが、昭博のようなはぐれ者――ヤクザの世界ですら、はぐれてしまいそうな者を集めて殺し屋のチーム――組を作る。 「安心しろ。俺がお前の立場だったら、やっぱ俺も殺してたよ」  兄ぃは、昭博の話を聞くとそう言って笑った。  やるよ、と兄ぃはビールの缶を渡した。 「俺はよう、ヤクザの世界ですら、はぐれちまったからな。盃のやり方も自己流でやるが――ま、日本のビールだからいいだろ。お前も好きだろ? あ、飲んでないのかよ。若造が。勉強不足だな」  兄ぃが缶を開けてゴクゴクと飲むと、昭博もつられて飲み始めた。  最初はむせたが――ビールを飲み干した。 「お前は、今日から俺の弟だ」  だから、俺の元に来いと言った。 「………」  初めて、言われた言葉だった。  005  だが、兄ぃは死んでしまった。
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