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遠くでサイレンの音が聴こえる。
傘をささずにいた為か、雨粒が頬を伝い流れていた。
とかく、”事実は小説より奇なり”とは、嘘だ。
もしこの人生が、自分が小説の主人公であったのならば。
良く言えば劇的に、悪く言えばご都合主義的に、救いの手が差し伸べられる筈だ。
愛を謳うなら、日常の権化とも言える少女が傍らに寄り添い涙を流すだろう。
恐怖を描くなら、突然現れた見ず知らずの他人が解決の糸口をポロリと零す頃合だ。
謎に惑うならここらで隠し扉でも見つかるだろうし、戦を望むなら、窮地を察した仲間が駆け付け一命を取留めるだろう。
だけど。
此処には、誰も居ない。
何も、ない。
……いや、なくなってしまった、だろうか。
半壊した二階建てのアパート。
所謂木造建築、築20年程のその外観は少しばかり古めかしいが、最近改修工事を施した為外見は綺麗な造りの建物だった。
……今は、見るにも堪えない酷い有様だが。
その中でも特に被害の大きい場所、201号室。
一般的な2LDKの間取りの中に、4人の家族が慎ましくも愛に溢れた暮らしを送っていた。
覚束無い足取りで、我が家の扉を開く。
ガスが漏れている為か、途端に異臭が鼻に詰まり胃液が逆流しそうになるのを手で抑えながら、部屋の中を確認する。
真正面の視線の先、バルコニーへ続く窓があった筈の場所には、大きな穴が空いていた。
そこから雨雲に遮られ淡く照らす月の光が、雨粒と共に洞となった部屋へと差し込んでいる。
家具という家具は此処で竜巻が起こったかの様になぎ倒されて至る所に散乱していた。
その片隅で、扉を開けた時から聴こえていた硬い何かを噛み砕く音。
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