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怒りに動揺する弥兵衛を案じて直慶が声をあげると、それを合図に覆面武士の数人が、二人めがけていっせいに討ちかかってきた。
「若殿! お下がりください!」
弥兵衛はすぐさま直慶の前に立ちふさがり、門柱の陰で直慶をかばいつつ、二人を斬った。続けて向かってくる覆面をさらに三人倒すと、剣をふって血糊を落とし、あらためて正眼に構えた。
視線の先には八相に構えた風雪がいた。
「弥兵衛、いざ覚悟」
稲妻のごとくふりおろされた風雪の長刀をはじいたとき、弥兵衛はその力に押されてよろけそうになった。
なんと重い剣だろうか。かつて御前で立ち会った時よりも、風雪は数倍も強くなっている。
――父、伝右衛門を破ったという我峰流の奥義……勝てるか、己に……。
「弥兵衛、奥義を使うがいい。きさまの父が姑息な手で体得した、薄汚い奥義をな。だが伝右衛門の奥義はすでに耄碌しておったぞ。きさまも同じか」
口をゆがめて嗤う風雪、しかし弥兵衛は黙っていた。
その昔、弥兵衛の父、堀口伝右衛門と、風雪の父、片平雪斎は、同じ冷水流剣術の高弟で、互いに一二を争う腕だった。どちらも優れた使い手で、勝負はついに決するには至らなかったが、当時、師には娘がひとりいて、その娘と堀口伝右衛門が恋仲になり、結果、伝右衛門は娘婿として道場の跡継ぎとなった。
その後雪斎は伝右衛門に対し、奥義欲しさに娘に取り入った卑怯ものと言い捨てて道場を去り、新たに我峰流の剣を極めたのだ。
雪斎は、息子の風雪に、冷水流を離れた経緯を話していたにちがいない。
だが真実は違う。弥兵衛は伝右衛門からすべてを聞いていた。真実は、雪斎が思いこんでいたものとはまったく違うのだ。
風雪がじりりと間合いを詰めてくる。弥兵衛は手に汗がにじむのを感じた。
そのとき、あっと声がして振り向くと、隙を透いて後ろに回った一人の覆面武士が、直慶に剣を振り下ろすところだった。
「若!」
弥兵衛はとっさに身をひるがえし、直慶へと討ちかかる男に向かって己の剣を投げた。
「ぐっ……」
剣が男の腕に刺さるのと同時に、自分の背に焼けるような痛みが走り、弥兵衛はうめき声をあげて膝から崩れ落ちた。
「弥兵衛!」
「若、との……」
懸命に立ち上がる弥兵衛の背を、風雪は無残にも再び斬りつけた。
「うぐぅ!」
「きさま、武士でありながら、なんと卑怯なことを!」
怒りに身を震わせる直慶を、風雪は愉快そうに嘲笑った。
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