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「直慶様、人の心配をしている場合ではござりませぬぞ。次はあなた様の番です。気の毒だが、あなたには死んでいただく」
「そう、は、させ、ぬ……」
荒い息を吐きながら、再び弥兵衛が立ち上がった。その足元には赤黒い血が滴っている。
「弥兵衛、休んでいろ。私とて剣なら使える」
臆しもせずに言う直慶に、なんと勇敢な少年だろう、と弥兵衛は思った。だが、勇敢と無謀は紙一重でもある。
「いいえ殿、ご案じなさいますな。それがしは大丈夫でございます」
苦しい息の下でかろうじてそう告げ、足元に倒れている武士の剣を拾った。
「ははは、無様だな、弥兵衛。だが旧知のよしみですぐに楽にしてやる。ありがたいと思え」
「おのれ、風雪め」
「いくぞ!」
ぶん、とうなりをあげて振り下ろされる長刀を、残る力で受けようとする。と、ふいに風雪の剣が横にうねり、次の瞬間、刃が弥兵衛の右腕に深々と食い込んでいた。
「弥兵衛!」
直慶の声がやけに遠く聞こえる。
――くっ……もはやこれまでか……。
ひたと目の前で足音がとまった。黒い人影が大岩のように弥兵衛をのみこむ。
「これで終いだ、弥兵衛」
風雪が高く掲げた刃に、きらりと陽光が反射した。
――無念……。
だがそのとき。
「父上!!」
不意に彼方から悲鳴に似た声が響きわたった。
――その声は、美弥?
弥兵衛がおどろいて目を見開くと、突然のあまり、その場の全員が意表を突かれ、でくのように立ち尽くしている。弥兵衛もまた、にわかに信じがたくて、幾度も眼をしばたたいて辺りをみわたした。すると、広い庭の向こう端から小さな人影が疾風のごとく駆けてくるのが見えた。
「美弥! 来てはならん!」
しかし美弥には聞こえないようだった。
美弥は、いまだ残っていた二人の覆面武士に向って駆け寄ると、彼らが構える隙も与えず、そのまわりを踊るように旋回した。と、ぐらりと男の体が揺らいだかと思うと、どうと地面にくずおれた。
――あの剣は。
弥兵衛は声も出せず、ただ見守るしかない。
「なんだ、あのガキは。妙な技を使いおって」
風雪はチッと舌打ちすると、長刀を握りなおして美弥へと体を向けた。
美弥はぴたりと動きを止めて、風雪を、そして父、弥兵衛を見た。
「美弥、この男は手強い。無理はするな」
弥兵衛が満身創痍で言うと、美弥はこくりと素直にうなずいた。
「はい、父上」
「おいおい、ガキが俺と本気で立ち合うつもりか」
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