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「おいチハル。コーヒーセットが1セット足りないぞ」
「え、どこかに置き忘れたかな」
カフェのキッチンで夕食の下ごしらえをしていたら、隣のルシファーにこつんと頭を小突かれた。
ランチのあとにどこへやったかと、あちこちに視線を彷徨わせた結果、ようやく思い至る。
「さっきナースんとこに差し入れしたんだった」
「クロウに寝起きの一杯か。ともかく、回収してこいよ」
追い立てられてカフェを抜けると、チハルは二階の診療所へと階段を上った。
「ナース、悪いけどちょっ……」
チハルは思わず言葉を呑み込んだ。
ナースが夕日に照らされた〈砂漠の果て(デザーツ・エンド)〉の風景を窓から眺めていた。
風になびく砂色のカーテン。遠くから響いてくる喧騒。そしてこの街には似合わない、どこか神聖な彼女の横顔。
白衣が斜光で金色にきらめいて天使みたいだ、とチハルが思ったとき。
「ああ、チハル。ごめんなさい、ぼんやりしてたわ」
不意にナースが振り向いて、優しく微笑した。あわてて首を振り、チハルは忘れていたカップの話をする。
「すぐ持って行かなくてごめんなさいね」
ナースが示したローテーブルにそれはあった。ソーサーにわずかな染みを作って、無造作に置かれていた。ついさっき飲み干したばかりの雰囲気で。
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