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「おい。やめろよ」
スキンヘッドの声だった。金髪に向かっていったらしい。
スキンヘッドは一成から手をゆっくりと離すと、金髪に向かって目線で合図を送った。
なんだよ、と言いながら金髪はスキンヘッドに近づいた。
スキンヘッドは金髪の耳元で囁いた。「この女は、中野さんちの……」
「まじかよ」と金髪は嬢華を見た。金髪はどうしてか、動揺を隠せない様子だった。やべえ、とつぶやき、呼吸を荒くしている。
「あなた達、こんなことしてただで済むと思ってるの?」
明らかに狼狽した様子の二人組とは対照的に、嬢華の勢いは衰える様子がなかった。
「いや。なにもされてないから」
いいながら一成は、嬢華の肩に手をあてた。何故か嬢華に狼狽える男たちを見て、よくわからないが、状況が終息に向かっていることはわかった。
嬢華が一成を睨んだ。嬢華はごくたまに冷めた目をすることがあった。今がまさにそれだった。
「一成。こいつらは、痛い目をみないと、駄目なのよ」
嬢華は一成の手を軽く払うと、金髪の懐目がけて踏み込んだ。左足が地面を蹴ると同時に、嬢華の右手は金髪のみぞおち付近に吸い込まれた。金髪はその衝撃ですぐに飛び上がった。
「ギュヘエ」と断末魔のような声をあげた金髪は、そのまま吹っ飛んだ。男の身体は空中で大砲の弾のような軌道を描いたあと、電信柱の根元から三メートルほど上に背中から激突した。勢いを失った男の身体は、ピンに沿ってカップに滑り落ちるゴルフボールみたいに、柱に背中をこすりながら、根元までずり落ちていった。
一成はその光景を目の当たりにして背筋が凍る思いだった。
交通事故の瞬間を直接見たことはないが、人が車に撥ねられると、きっとこんな感じなんだろうと思った。だが金髪を撥ねたのは車ではなく、嬢華の小さな掌だった。
嬢華は金髪が飛んでいった方向へ掌をかざした状態で静止していた。
掌の下部を打ちつける技、掌底。一成もよく知っている構えだった。
「ねえ、見た? ねえ、今の見た?」嬢華は顔だけ一成に向けた。魚のように目を見開いている。「やったわ。やったのよ」
やったって、まさか。
興奮する嬢華から目を逸らした一成は、飛んでいった金髪に再度顔を向けた。男の姿は電柱の根元にある。地べたに膝を折った状態でうつぶせになり、ぴくぴくと痙攣していた。かろうじて息はあるようだ。
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