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相方のスキンヘッドは、金髪の脇にしゃがみ込んで、どこかへ電話をかけていた。
スキンヘッドの眼は、明らかに泳いでいた。顎から頭のてっぺんまで血の気が引いている。
「なにが、どうなってる」
一成は思わず口にした。
人が飛んだのだ。嬢華の掌底で。
軽く見積もっても、十メートルは飛んだ。これは、どう考えても普通じゃない。
マンガかアニメか。いや。あの動きは、ハリウッドのワイヤーアクション、そのものだ。
「おいジョーカー。お前、なにをしたんだ?」
一成は嬢華(しょうか)をジョーカーと呼んでいた。小学生の時、一成がつけた渾名だ。
だが興奮しているのか、嬢華には一成の声が届いてない様子だった。
嬢華は掌底の構えを解くと、今度はスカートをひらひらさせながら、喜びを踊りで表現しはじめた。頭のポニーテールが、生き物のようにうねうねと動いている。
むちゃくちゃな踊りだった。志望する学校に合格した学生みたいな。
傍から見ると、たった今、殺人未遂を犯した女とは誰も思わないだろう。
謎の踊りを舞う嬢華が、嬉々とした表情を一成に向けた。
「空手やってて良かったよ」
「空手は関係ないだろ」
「昨日まで、瓦を十枚割るので精いっぱいだったのに、ね」
「それでも十分すぎるくらいだ」
嬢華の家は代々、空手の道場を営んでいる。そんな理由で瓦が常備してあるのだ。もちろん屋根の修繕をするためではない。
そういえば、と嬢華が続ける。「一成は、どうして空手辞めちゃったの? あんたも空手続ければよかったのに」
まるで、空手を続けてれば私みたいになれたのに、という風に一成には聞こえた。
いや、今このタイミングでいうってことはそういう意味で間違いない。嬢華は、見た目こそどこかの令嬢といった容姿だが、中身は脳も筋肉でできてるような女だ。人を吹っ飛ばすほどのありえない力も、日々の鍛錬の賜物、と本気で思っているかもしれない。
「瓦を割るのはいいが、人の頭を割るなよな」
一成は半ば冗談のつもりでいった。
嬢華は一瞬、素の表情に戻るとすぐに目を丸くさせ「ひと!」と声をあげた。
「そうよ! ひと! ひとよ!」
嬢華は、ド忘れしていたものを思い出したような反応だった。
嬢華の細い指が一成の肩に置かれた。
「この力があれば、姉貴を、やれるのよっ」
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