第1章

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 扉をあけると誰もいなかった。  体育館ほどの空間にぽつんと一人たたずむ。  場所を間違えたのだろうか。雪はあわててミホに渡されたチラシをカバンから取り出した。  「東京都渋谷区X町○○ホール」  ここに間違いにない。  だとしたら日時を間違えたのだろうか。さっそく確認する。  10月20日 9時 集合。  これも間違いない。  だったら誰もいないんだ。  そのとき、雪のガラゲーが振動した。  ミホからの着信だ。あわてて出る。 「もしもし」 「あっ雪。おっはよー」 ミホの声はしわがれていて、酒やけで持ち前の美声が台無しだ。 「いまどこにいる?もしかして会場行っちゃった?」 「うん。でもだれもいないんだけど」 「あっちゃー。雪、スマホもテレビももってないもんね。知らなかったか……」 「知らなかったって何が?」 「監督がね映画の主演女優をむりやりホテルにつれこんで妊娠させちゃったの」 「ええっ!?」  主演女優は映画にあまり興味のない雪でも名前をしっている女優である。たしか大手事務所所属で清純派で売っていたっけ……。 「それで事務所の社長が大激怒して。監督干されちゃったんよ」 「そうなんだ……。じゃあこのオーディションも中止ってこと?」 「それがね。監督のツイッターとかみる限りでは、お金をかき集めて自主制作するって意気込んでいるみたいなの。オーディションも決行するみたい」 「じゃあなんで誰もこないの?」 「大手から見捨てられた監督の自主制作なんか出てもキャリアに傷がつくだけじゃん。」 「そんな……。はずかしいから、一緒にオーディション受けてって言われて来たのに」 「ごめんごめん。でも私もこれで傷ついてるんだよ。せっかくのチャンスだと思ったのに台無しになっちゃって昨日から仲間たちとヤケ酒してたんだ。なんだったら今からくる?みんなで雑魚寝して夕方から皆でまたの見直そうと」  あまりにも腹が立ったので途中で切ってやった。  再び、会場に静けさがおちる。ガラゲーを閉じ。もう家に帰ろうとくるりとターンした瞬間。何かにぶつかった。 「わっ」  どしんと後ろ向きに倒れ、お尻をぶつける。 「大丈夫ですか?」 目を開いた瞬間。雪は美しいものをみた。 綺麗な眉と猫を彷彿とされる大きな瞳。すっと通った鼻筋。そして女の自分よりもきれいな肌。  おもいがけない事態に雪は絶句する。  男は雪に右手を差し出した。
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