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2-1 ホーセズネックの導き
征が次に持ってきたのは、コリンズグラスの中で黄色い果物の皮が螺旋階段を形作っている、炭酸入りのカクテルだった。
美紗は、その変わった見た目に驚きを隠さず、グラスの中身を尋ねた。
「レモンの皮です」
征がにこにこと子供っぽく答えるのを見て、美紗も口元を緩めた。若いバーテンダーが落ち着いた店の雰囲気にそぐわない顔をしてくれるほうが、なぜか安心感を覚える。
「丸ごとひとつ、剝いて入れてるんですか?」
尋ねる美紗の口調はやや丁寧になった。人にものを教わる時は自然とそんな言葉遣いになる。相手が自分より若そうな人間に対しても、それは変わらなかった。
「私、本当はあまりカクテルのこと知らなくて……。教えていただけますか?」
本格的なバーで飲んだ経験は、あの人に連れられて来たこの店以外ではなかった。わずかに知っているカクテルの種類は、大学時代に友人と行ったカジュアルなダイニングバーで覚えたにすぎない。
あの人も、この店では水割りばかり飲んでいて、カクテルの話を聞かせてくれることはなかった。
「もちろんですよ」
得意分野を発揮できるのが嬉しいのか、征は目を輝かせて身を乗り出した。
「これは、ホーセズネックっていいます。馬の首。変な名前でしょ?」
そう言われてみれば、グラスの上にちょこんと出たレモンの皮の端が、馬の頭を思わせる。
皮を螺旋むきにするのはちょっと面倒で、と征は本音をもらしながら、グラスを美紗の前に置いた。
「ブランデーをベースに、ジンジャーエールで割ったものです。あまり強くないけど、アイリッシュ・コーヒーとは対照的な、爽やかな味がしますよ」
添えられていたストローで炭酸の泡がきらきら光る液体を口に含むと、ジンジャーエールの甘味にのって、レモンの酸味とブランデーの香りが競うようにはじけた。
美紗が「おいしい……」と静かにつぶやくと、征は満足そうに眼を細めた。テーブルの真上にあるアンティークの灯りの下で、その瞳が優しげな藍色に光った。
「珍しい色のコンタクトですね」
美紗の言葉に、征はやけに驚いた顔をした。
「えっ? 何です?」
「そんなに濃い青のものは初めて見ました。黒目のところまで青味がかって……」
征は、そんなはずないですよ、と慌てて瞬きをし、美紗の視線を遮るように両手でこげ茶色の前髪をいじりまわした。やや長めのくせ毛が無造作にはね、ますます愛らしい少年のような顔になった。
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