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「君が以前に書いてくれた身上書では、ご両親の居住地はともに君の実家の住所になっていたが、警察側の照会では、お母さんはお引っ越しされたのか、現在は違う場所にお住まいのようだ。住民票が都内に移されていた」
「引っ越し? ……って、いつ頃なんですか」
「住民票に関しては、一年半くらい前のことだそうだ」
呆然とする美紗を、日垣はじっと観察した。
美紗が統合情報局で身上書を書いたのは三カ月前だ。その時点で、一年半前に居住地を変えている実母の住所を知らない、というのは、かなり不自然だ。
「私の両親は……、確かに不仲でしたが、母が別居だなんて、全然……」
呟くように言うと、美紗は日垣の机に歩み寄った。
「母は、今どこに住んでいるんですか」
日垣が手にしている書類は、おそらく、鈴置美紗とその周囲の人間に関する個人情報が事細かに記載された、警察庁からの回答文書だ。地元警察が美紗の母親について照会した際に身上書に書かれた居住地と実際のそれが一致しなかった、ということも報告されているのだろう。
しかし、日垣は、その文書を素早く伏せると、美紗に鋭い目を向けた。
「悪いがこれは見せられない。このテの調査で何をどこまで調べるかは、警察側の秘密事項らしいんでね」
冷たいほどにきっぱりとした口調だった。しかし、美紗はひるむことなく、更に詰め寄った。
「おおまかな場所だけでいいんです。教えていただけませんか」
日垣は、不快そうにため息をつくと、書類を数枚めくった。彼が口にしたおおよその番地名は、二十三区内でも有数の一等地だった。明らかに、母親の実家ではなかった。
「カミヤ、漢字は神仏の神に谷だ。この名前の人の所に間借りする形でお住まいのようだ。神谷さんというのは、ご親族の方?」
唐突に尋ねられたその姓に、心当たりはなかった。
「母は、私の両親は……、その、すでに離婚しているんですか?」
赤の他人に親の婚姻状況を尋ねた美紗の手は、情けなさに震えていた。一方の日垣は、書類に目をやったまま、「住民票の記載は鈴置姓になっている」とだけ答えた。
「住所変更の件を承知していなかったのなら仕方がない。身上書は、私が該当箇所を訂正して人事課のほうに戻しておく」
「でも、母は……」
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