4-6 灰色の家 

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 部屋には、父親が海外の出張先で買ってきたお土産の置物や、母親が昔に手作りしてくれた編みぐるみが、家族旅行の写真と共に、所狭しと飾ってあった。彼らが人並みに娘を慈しんだ証と思っていたそれらのものが、すべてくだらないガラクタに見えた。  もうここにはなるべく帰らないようにしよう、と心に決めた。  大学に戻った美紗はますます勉学とアルバイトに集中した。自力で住む場所を確保するためには、奨学金を受けるに足る成績を収めながら、卒業後の住宅資金を準備しなければならなかった。  毎日を気楽に過ごす友人と、徐々に疎遠になった。恋人と言うにはあまりにも頼りない同級生とは、価値観が合わなくなり、いつの間にか別れていた。  就職活動を始めてから、国家公務員になれば宿舎を用意してもらえることを知った。可能性のあるところをすべて受験し、運よく防衛省の専門職採用試験に合格した。  実のところ、防衛問題にさほど関心があるわけではなかった。実家の事情がなければ、防衛省を就職先として選ぶことは、おそらくなかった。  四年次の夏頃までには、両親とはすっかり疎遠になっていた。時折、母親はメールをよこしてきたが、美紗をいたわり励ます言葉がいかにも嘘くさく感じられ、返信はほとんどしなかった。  やがて、母親からの連絡も途絶えがちになった。  卒業式が近づき、さすがに報告ぐらいはすべきだろうと思った美紗は、紋切り型の感謝の言葉と共に、無事に卒業、就職することになった旨を母親に知らせた。  もはや、自分の行く末などに興味は示さないだろうと思っていたが、メールを送った数日後、母親は突然、大学の寮まで訪ねてきた。  「取材のために東京に出てきていた」と話した母親は、タイトなビジネススーツを着こなす、隙のないフリーライターに変貌していた。顔つきも、話し方も、美紗が知っている人間とは似ても似つかなかった。  母親は、「新生活の資金に」と言って、百万円の入った封筒を美紗に渡した。大金をどうやって工面したのかと聞いても、適当にはぐらかされた。  恐る恐る父親の様子を尋ねると、小ぎれいに化粧をした母親は、 「お父さんはもうダメよ。美紗も、早いうちに家から出て、ホント良かったわね」  と、冷笑を浮かべた。  母親の話によれば、父親は、美紗が実家に顔を見せなくなってからも、相変わらず自堕落に暮らしていた。  貯蓄を切り崩して生活する五十代の息子を見かねた美紗の祖父母は、住み慣れた自宅を売ってまとまった資金を作ると、美紗の母親に一言の相談もなく、息子の家に乗り込んで来た。経済的な懸念を取り除いて息子の再起を促そうという年寄りの甘い期待があったのだろうが、美紗の父親は完全に再就職を目指す理由を失った。 「三人揃って、女は家で夫を支えるのが一番だ、なんて、バカみたいに毎日言ってるわ」  祖父母が入ってきたことで、家の中が三対一の構図になり、母親は前にもまして父親への憎悪を深めたようだった。仕事の場を自宅から編集プロダクションの事務所に移し、そこに頻繁に泊まり込んでまで、家には極力いないようにしている、と語る母親の顔は、汚物でも見ているかのように歪んでいた。
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