![1deb1879-c83c-4599-8f5b-ba26ebe57ba3](https://img.estar.jp/public/user_upload/1deb1879-c83c-4599-8f5b-ba26ebe57ba3.png?width=800&format=jpg)
「いつもの店」を舞台に美紗が日垣貴仁への想いをゆっくりと募らせていく間に、都会の街は、数回ほど雪化粧をし、やがて、足早にやってきた春を迎えた。
桜の木もすっかり新緑に覆われた頃、美紗は、総務課の吉谷綾子と、新年度に入って初めての会食に出かけた。
眩しいほどの青空が広がる好天の中、二人は、広い防衛省の敷地を出て春の陽気を満喫した。大通りから一本入り、都会の喧騒を遠くに聞きながら数分歩くと、こじんまりとした入口を可憐な花やハーブの寄せ植えで華やかに飾ったイタリア料理店に着いた。
この店も吉谷の「御用達」のひとつだったが、席に座った彼女は、全く浮かない顔でため息をついた。
「ああ、もうちっともやる気出ない。『王子様』のお顔が見られないんじゃ」
美紗は苦笑いしながら、「寂しくなりましたよね」と調子を合わせた。
美紗の所属する直轄チームでは、年度の変わり目に少し入れ替わりがあった。
班長の比留川2等海佐が栄転で海上自衛隊に戻り、繰り上がるように、先任の松永が2等陸佐に昇進して比留川のポストを継いだ。比留川が「期間限定」で第5部から引っ張ってきていた佐伯3等海佐は、直轄チームへ正式配置となり、先任の役を担うことになった。
吉谷が「王子様」と呼ぶところの富澤3等陸佐は、比留川と同時期に、地方部隊で隊長職に着くべく、二年間在籍した直轄チームを離れた。富澤の後に来たのは、彼と同じく、指揮幕僚課程を出て数年の3等海佐だった。
「まあ、制服の人たちは、部隊長やってナンボだもん。富澤クンの出世を祝福しなきゃいけないんだけどね。しっかし、『王子様』の後釜、何なのあれ。小僧が二匹になった感じじゃない」
吉谷は、来たばかりの後任者を手ひどくこき下ろした。
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