5-1 ランチでの噂話 

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  「まあ、あの人は個室にこもってて見えないから、つまんないわね。それに、富澤クンみたいに『見てカワイイ』タイプじゃないし、何か面白いこと言うわけでもないし……」  吉谷は、所属部の長である1等空佐を好きなだけ茶化すと、急に真顔になった。 「それに、日垣1佐、何となく怖いよね」  少し声を落としたその言葉に、ドキリとした。記憶の底に沈んでいた、半年以上も前の出来事が、急に蘇ってくる。 「8部にいた頃、日垣1佐とちょっとだけ一緒だったことがあって。その時もそれなりにやり手の人だなとは思ったけど、1部長として戻ってきてからは……、なんていうのかな、あの人、余裕で裏表を使い分けるタイプになったな、って感じ」 「そう……ですか?」  美紗は、顔の下半分を手で覆ったまま、あいまいに応答した。  吉谷が知る由もない、極秘会議をめぐる保全事案。日垣貴仁は、顔色一つ変えず部下を欺き、一連の問題を握りつぶした。極秘会議に紛れた美紗を容赦なく取り調べた彼は、確かに、凄みのある冷酷な目をしていた。 「日垣1佐、優しそうに見えて、実は超シビアな人じゃないかな。そういうトコを、絶対私たちに見せないようにしてるのも、かえって怖くない? いざとなったら、信義も情も捨てられるドライな性格だと思うけど」  何も目撃していないはずなのに、なぜ分かるのだろう。美紗にとっては、吉谷の鋭い洞察力のほうが恐ろしかった。  しかし、吉谷もすべてを見通しているわけではない。あの人は、「裏」の顔のその下に、さらに別の姿を持っている。  職場では決して見せることのない、柔らかな眼差し。  何かを気恥ずかしく思う時の、髪をかき上げる仕草。  あの店で、自分だけが見ることのできる素の日垣貴仁を、なぜか、吉谷には知られたくない。  美紗は、奇妙な緊張感を覚えながら、取りあえず話題を変えることにした。 「地域担当部には、吉谷さんのお好みの『王子様』候補はいないんですか?」 「真面目に探せばいそうだけど、フロアも違うし、仕事上の繋がりも今はほとんどないから……」  予想に反して、吉谷の反応はいま一つだった。 「それにね、地域担当部のほうは、なんか、特定の人を『王子様』とか呼んだらシャレになんない感じなのよ」 「堅苦しい雰囲気なんですか?」 「うーん、なんて言うか……。あ、美紗ちゃん、今、メインでどこ担当してる?」 「5部所掌の内容を見ています」 「じゃあ、話してもいっか。あそこは今のとこ変な話は聞かないから。でも、内緒ってことで」  普段は快活な美人顔が、物憂げな笑みを浮かべた。
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