5-1 ランチでの噂話 

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  「地域担当部は、どこもうちの部より女の人が多いせいもあるんだろうけど、こっそり『いいご関係』になってる人たちがそこそこいるから、油断なんないのよ」 「そうなんですか? 同じフロアにいる人同士で?」  意外そうな顔をする美紗に、吉谷は「そう」と短く答え、またパスタを口に入れた。  彼女が黙って口を動かしている間、美紗は素早く地域担当部の様子を思い巡らせた。  担当する第5部以外にはあまり出入りすることはないが、見た感じでは、どこの部も、テレビドラマで描かれるような社内恋愛の雰囲気は皆無だ。調整業務の多い第1部に比べ、全体的に静かで、職員同士がろくに会話もせずに一日を過ごしているような印象を受ける。 「確かに、『王子様』がどなたかの相手だったりしたら、いろいろ揉めそうですね」 「まあね……」 「でも、部によってずいぶん違うんですね。5部は、うちと同じで、男の人は四十代前後の結婚されてる方ばかりのようなんですけど、独身の人が多いところもあるんですね」 「独身男? どこもほとんどいないわよ」  意外そうに目を丸くする吉谷の言葉に、美紗は口を半開きにしたまま固まった。 「2部から9部まで、男はほぼほぼアラフォーの既婚。女の側はほとんど独身だから、統()()局はまさに『不毛』の職場ってやつ? まあ、中央はどこもそうだけど」  幕僚監部をはじめとする中央組織は、主に、出世の登竜門となる指揮幕僚課程を出たエリート幹部で構成されるが、防衛大学校や一般大学を卒業して自衛官となった者がその課程に入るための選抜試験の受験資格を得るのは、最も早いケースで二十九歳前後である。  試験に合格した者は、陸は二年間、海と空は一年間の教育を受け、課程修了後、地方部隊で一定の勤務経験を積んでから、ようやく下級参謀として初の中央勤務に着く。この時点で三十代半ばに差し掛かかる年齢になっている彼らの多くは、すでに結婚して家族を持つに至っている。  実際のところ、自衛隊の中枢機関である陸、海、空の各幕僚監部と三自衛隊の統合運用を司る統合幕僚監部では、主力となる層は四十代前半である。各幕より下位に位置する統合情報局は、それより多少は若い年齢構成になっていたが、男性自衛官に未婚者がほとんどいないという点では、状況は似たようなものだった。 「それじゃ、『ご関係』っていうのは……」  戸惑いの色を見せる美紗に、吉谷はサバサバと答えた。 「そう。男は既婚、女は未婚。つまり、不倫。そういうの、結構あるのよね、地域担当部は。男連中も、全員が品行方正なわけじゃないしさ」  つまり、不倫  嫌な言葉が美紗の身体に刺さる。急に、日垣貴仁の背広姿が頭に浮かんだ。心臓が大きく波打ち始める。その音を、目の前に座る吉谷に聞かれそうな気がして、美紗は反射的に唇を噛んだ。  吉谷の側も、話すのをやめ、静かに美紗を見つめた。  昼時の込み合うレストランで、沈黙が、数秒間、流れた。 「美紗ちゃん」  ためらいがちに何かを探るような声音に、美紗は縮み上がった。返事をする声が掠れた。
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