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「同期の子も相手も、ホントに無頓着でね。仕事中でも、目が合えばお互い満面の笑みで見つめ合ってるし、廊下に出れば長々立ち話して、毎日一緒に帰るんだから。時々、二人揃ってご出勤してくる日もあったのよ」
「そこまで、どうして分かるんですか?」
「だって、前の日と同じスーツ着てくるんだもん。男の方は自衛官だから、職場に着いて制服に着替えちゃえば分からないけど、同期のほうは私服だから……。着る物が変わってなければ、もう、思いっきりバレバレでしょ」
いささか品性に欠ける話に、美紗のほうが赤面する。吉谷は構わず、胸の内に長い間ためていたものを吐き出すように、一人で話し続けた。
「それでもみんな、取りあえず見て見ぬフリしてたのよ。大人の対応ってやつ? でも、部長クラスの耳に入ったら『ジ・エンド』っていうのが、ここの慣例みたいね。プライベートな問題だけど、やっぱり職場の士気に関わるから、管理者としては黙認できないみたい」
「その……、『ジ・エンド』になったら、どうなってしまうんですか?」
平静を装って尋ねたつもりの声が、わずかに震える。
「大抵は、年度末を待って男側が異動、っていうパターンかな。自衛官のほうが配置先たくさんあるから。でもさあ、残る方だって嫌だと思わない?」
吉谷が憂鬱そうに頬杖をつくのを見ながら、美紗は、わずかに身をかがめて胃の辺りを手で押さえた。
初めて感じる、鈍く痛むような、不快感。
それを助長するかのように、次々と不穏な疑問が湧きおこった。
仕事帰りに、想う相手と時を共有するのは、許されないことなのだろうか。
共に過ごす相手が部長職についている場合は、どうなるのだろう……。
「でも、あの二人の場合は、異動するのしないのっていう前に、完全に泥沼化しちゃって」
醜悪な結末を予想させる言葉が、美紗の思考を中断させた。
「同期の子は、私には『ただの遊びだ』なんて言ってたくせに、ホントはその相手と結婚したいと思ってたみたいで……。その後、彼女が何やらかしたか、だいたい分かるでしょ? 最後は、相手の家族を巻き込んで、裁判沙汰になっちゃった」
リアルな不倫話を初めて聞いた美紗に、事の詳細を想像することはできなかった。しかし、それを尋ねる気持ちにもなれなかった。
当事者の女性が己の存在を相手の家族に知らせるような挙に出なければ、二人はもう少し長く一緒にいられたかもしれないのに……。そんなことを、ぼんやりと思った。
「結局、二人とも中途半端な時期に異動になって……。男のほうはどうなったか知らないけど、同期は全く畑違いのところに飛ばされて、一年も経たずに退職したみたい」
吉谷は、そこで大きくため息をつくと、真っすぐに美紗を見つめてきた。
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