5-1 ランチでの噂話 

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  「美紗ちゃんも、いずれは、……たぶん5部の配置になって、専門官を目指すことになると思うから、余計なお世話だと思って、これだけは聞いてくれる?」 「はい」  美紗も、吸い寄せられるように、吉谷を見つめ返した。観察眼の鋭そうな大きな目が、心の奥底までを見透かしそうで、怖い。 「統()()局にくる自衛官は、大抵はエリートだから、仕事はできるし、落ち着いてるし、気遣いのできる人格者に見える。言ってみれば『完成された男性』ってとこ? それに比べたら、若いのがバカっぽく感じるのは仕方ないと思うのね。でも四十代の家庭持ちは、若いのに比べて年の分だけ経験があって当然だし、結婚して子供持って人間的にも修行してる。だからご立派に見えるだけ。そんなのを好きになったって、意味ないじゃない」 「そう……ですよね」  友であり良きライバルでもあった同期に届かなかった思いを一気に語った吉谷に、美紗は、かろうじて肯定の相槌を返した。 「完成された男性」という表現は、確かに、日垣貴仁のすべてに体現されているように思えた。  あの人は、何を話しても、温かく受け止めてくれる。心が通じ合っているかのように、望む言葉を返してくれる。  しかし、それは経験豊かな「完成された」人間として当然の姿。そんな人を好きになるのは、無意味……。 「ごめんね。急に変な話して」  吉谷は、黙り込んだ美紗から目を外し、テーブルの端に置いてあったメニューを手に取った。  彼女がスイーツのページを吟味している間に、美紗は、頭の中を占拠していた日垣貴仁のイメージを、何とか振り払った。水を一口飲んで、胸につかえる何かをむりやり押し流し、急いで食事を終えた。 「好きなの選んで。デザートぐらい、ごちそうするから」  メニューを美紗に手渡す吉谷は、すでに、いつもの朗らかな顔に戻っていた。遠慮する美紗に、「話を聞いてもらったお礼」と言い、申し訳なさそうに眉をひそめている。その表情に、裏の意図はないように見えた。 「美紗ちゃんは芯がしっかりしてるし、あんな話とは無縁だよね。だいたいさあ、人様の『完成品』に手を出すより、同世代の頼りない男を、焼き肉でも焼くみたいにじっくり育てるほうが、味わいがあっていいと思わない?」  吉谷は、持論を妙な言葉で例えると、「そうだ。いつか焼き肉行こうよ」と言って、いたずらっぽい笑顔を美紗に向けた。        ******
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