5-2 ブルーラグーンの戸惑い 

1/2
前へ
/320ページ
次へ

 5-2 ブルーラグーンの戸惑い 

9835cd56-cadb-49c4-a4e7-641dbcf76ae8 「ふ、不倫? あは、何か、ドラマみたい。僕、あんまりそういうの見ないけど」  征は、居心地悪そうに作り笑いをすると、二つ並んだコリンズグラスのひとつに手を伸ばし、その中身を一気に飲み干した。 「ごめんなさい。嫌な話を……」 「いえっ、別にっ。その、何っつうか、意外ですね。鈴置さんのトコ、お堅い職場だと思ってたけど……」  征は、テーブルの向こうでうつむく美紗をちらりと見つつ、背徳的な話題を軽く受け流す言葉を適当につなぎながら、空になったグラスをコースターに戻した。  グラスの中に残った氷が、カランと悲しい音を立てた。 「そっか、日垣さんにも、家族……」  こげ茶色の髪の下の藍色の瞳が狼狽に揺れるのと、黒い前髪に半分ほど隠れた瞳から涙がこぼれるのが、ほとんど同時だった。 「ちょっと、何か作ってきます。ほら、鈴置さんのグラスも空いちゃってるし」  征は早口で言うと、美紗にメニューを見せるのも忘れて、逃げるように席を離れた。  窓の向こうに広がる大都会の街明かりが、店の隅のテーブル席にぽつんと座る美紗のところへ、光の波となって押し寄せ、過去の残像の飛沫を上げる。  この店に誘ったのは、あの人  でも、そうさせたのは、私  この席で、優しい言葉を口にしたのは、あの人  でも、そうさせたのは、私  少し歩こうか、と言ったのは、あの人  でも、そうさせたのは、……たぶん、私  
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加