5-5 きらびやかな蝶 

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  「ああ、吉谷さん。すぐ出るから」  日垣の声はにわかに柔らかくなった。吉谷は、それを意識したのかしないのか、整った美人顔をわずかに微笑ませた。 「あら、制服のままですか?」 「今日は『ミリタリー・インフォーマル』だからね」  日垣は大きな肩をすくめて笑顔を返した。  「ミリタリー・インフォーマル」とは、ドレスコードの一種で、この指定がある場合、軍人や自衛官は、長袖ジャケットにネクタイの制服を着て当該行事に参加することを求められる。 「制服のほうが、重みが増して見えて、よろしいかと思いますよ」  吉谷は艶っぽい視線を第1部長に向けた。彼女の言葉に、満更でもなさそうな表情を浮かべた日垣は、部長室から戻ってきた美紗の方に腕を伸ばして、濃紺の上着だけを掴んだ。 「そう言う吉谷さんは、今日はずいぶんと華やかだね」 「古い友人も何人か来るようですので。しばらく見ないうちに老けたなんて言われたくないですから」  日垣の褒め言葉を、吉谷は動じることなく受け流す。調和するかのように流れる二人の会話を、美紗は、日垣のすぐ脇で、黙って聞いていた。  こんなに傍にいるのに、自分はその調和の中に入ってはいない。手を伸ばせばすぐ触れられるほど近くにいるのに、完全に別の空間に立っているような気がする。  胸の中に棲む蝶が、大きな羽を煩わしく震わせる。  日垣は、上着の内ポケットに官用携帯が入っているのを確認すると、素早くその上着を羽織った。上下濃紺の姿になると、確かに吉谷の言う通り、第1部長は一層上背があるように見え、急に凛々しく引き締まった佇まいになった。  一方の吉谷は、子持ちの既婚者ながら、日垣の隣で十二分に魅力的な輝きを放っていた。  快活でありながら気配りに長け、機転の利く気質。  情報機関に重宝される抜群の能力と経歴。  周囲からの注目と信望を容易く集めることのできる恵まれた容姿。  彼女は、美紗が手に入れたいと望むものを、すべて持っていた。  大きな蝶が、美しすぎる羽を、これ見よがしに広げていく。 「日垣1佐。車、下にスタンバイしてます」  人の良さそうな顔をした総務課長が、受話器を片手に、日垣に声をかけた。  日垣は、官用車を手配した総務課長に礼を言うと、軽く手を挙げて、第1部の面々にも挨拶替わりのジェスチャーをした。吉谷も、それに合わせるかのように、「お先に」と優雅な動きで会釈をする。  長身に端正な顔立ちの日垣と、やはりスラリと背の高い都会的な吉谷。あまりにも華やかに均衡する二人は、そうするのがさも当然という風情で、並んで歩きだした。 「今日は妙な『仕事』をしてもらうことになってしまって、申し訳ない」 「構いませんのよ。こちらこそ、()()()に同乗させていただけるなんて、光栄ですわ」  吉谷は、わざと気取った喋り方をして、日垣のほうに体を寄せた。日垣が小さく笑みをこぼし、少し声を落として吉谷に何か囁く。
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